法人住民税の均等割における事務所、事業所、寮等とは?

1.法人住民税均等割の納税義務者

 法人に課される地方税の代表的なものに、都道府県税と市町村民税があります。また、都道府県民税と市町村民税は、法人税割と均等割に大別されます。
 法人税割は、国税である法人税額を基準にして課される税金ですので、基本的には利益が出ている法人が対象になります。
 一方、均等割は利益が出ていなくても課される税金で、地方団体(都道府県と市町村)が提供する行政サービスを享受していることに対する負担という意味合いが強いといえます。
 利益が出ていなくても課される均等割の納税義務者については、例えば兵庫県のホームページには、次の表が掲載されています。

出所:兵庫県ホームページ

 また、兵庫県神戸市のホームページには、次の表が掲載されています。

出所:神戸市ホームページ

 上記の表から、法人住民税の均等割の納税義務者は、兵庫県内や神戸市内に「事務所または事業所(本店・支店・工場など)」あるいは「寮・宿泊所・クラブ・保養所・集会所など」を設けている法人であることがわかります。
 しかし、ここで疑問が生じます。
 「事務所または事業所」(以下「事務所等」といいます)や「寮・宿泊所・クラブ・保養所・集会所など」(以下「寮等」といいます)は、ある程度の例示がされているとはいえ、具体的にはどのようなものを指すのでしょうか?
 例えば、倉庫や駐車場、社員寮などは事務所等または寮等に該当するのでしょうか?

2.事務所等とは?

 事務所等とは、事業の必要から設けられた人的および物的設備であって、そこで継続して事業が行われる場所です。
 つまり、事務所等の要件として、人的設備、物的設備、事業の継続性の三要件があり、三要件を備えている必要があるということです。

(1) 人的設備
① 人的設備とは事業活動に従事する自然人をいい、正規従業員だけでなく、法人の役員、清算法人における清算人、アルバイト、パートタイマーなども含みます。
② 人材派遣会社から派遣された者も、派遣先企業の指揮および監督に服する場合は人的設備となります。
③ 規約上,代表者または管理人の定めがあるものについては、特に事務員等がいなくても人的設備があるとみなします。

(2) 物的設備
① 物的設備とは、事業が行われるのに必要な土地、建物があり、その中に機械設備または事務設備など、事業を行うのに必要な設備を設けているものをいいます。
② 物的設備は、それが自己の所有であるか否かは問いません。
③ 規約上、特に定めがなく、代表者の自宅等を連絡所としているような場合でも、そこで継続して事業が行われていると認められるかぎり、物的設備として認められます。

(3) 事業の継続性
① 事務所等において行われる事業は、法人の本来の事業の取引に関するものであることを必要とせず、本来の事業に直接、間接に関連して行われる付随的事業であっても社会通念上そこで事業が行われていると考えられるものについては、事務所等とします。
② 事業の継続性には、事業年度の全期間にわたり連続して行われる場合のほか、定期的または不定期的に、相当日数、継続して行われる場合を含みます。
 また、そこで事業が行われた結果、収益ないし所得が発生することは必ずしも必要としません。例えば、単に商品の引渡しなどをする場合でも、相当の人的物的設備を備えていれば事務所等に該当します。
③ 原則として、2~3か月程度(建設工事現場の場合は6か月程度)の一時的な事業の用に供される現場事務所、仮小屋などは事務所等に該当しません。

 以上の三要件から、事務所等の範囲に含まれるか否かを判断するにあたって、注意を要する事例を以下に掲げます。

・材料置場、倉庫および車庫等など単に物的設備のみが独立して設けられたものは、事務所等に該当しません(人的設備のない無人倉庫や独立した車庫は、事務所等とはなりません)。
・モデルハウスは、商品見本としての性格が強いものは事務所等に該当しませんが、展示場として人的設備、物的設備のあるものは、事務所等に該当します。
・デパート内のテナントは、事務所等に該当します。
・法人の出張所を社員の自宅におき、他に事務所を備えず、かつ、社員自ら事務を処理しており、その社員以外に事務員がいない場合は、事務所等には該当しません(例えば、新聞社通信部、保険代理店など)。

3.寮等とは?

 寮等とは、寮、宿泊所、クラブ、保養所、集会所、休憩所その他これらに類するもので、法人等が従業員の宿泊、慰安、娯楽等の便宜を図るために常時設けられている施設をいいます。
 ここで疑問が生じるのは、独身寮や社員寮、社員住宅(社宅)は「寮」に含まれるのか否かということです。
 結論を先に述べると、独身寮、社員寮、社員住宅は寮には含まれません。
 独身寮、社員寮、社員住宅のように特定の従業員の居住のための施設は、この寮等には該当しませんので、均等割は課されません。

※ 関連記事
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「法人設立や本店移転があった事業年度の均等割の計算方法」


法人成りにおける個人と法人の税務上の取扱い

 個人事業主が既存事業を法人化することを、法人成りといいます。法人成りの際には、個人事業主時代の棚卸資産や固定資産等を法人に引き継ぐことがあります。
 主な引き継ぎ方法には現物出資と売却がありますが、一般的には売却によることが多いと思われます。
 そこで、以下では、法人成りに際して個人から法人へ棚卸資産や固定資産を売却した場合の税務上の取扱いについて確認します。

1.個人から法人へ棚卸資産を売却した場合

 個人事業主が棚卸資産(商品や原材料など)を法人へ売却した場合は、所得税における所得区分は事業所得になります。したがって、個人の確定申告では、通常の売上に加えて法人成りの際の法人への売上も計上しなければなりません。
 また、棚卸資産が課税資産の場合は消費税における課税区分は課税売上に該当しますが、非課税資産(例えば、不動産販売業における土地など)の場合は非課税売上に該当します。
 一方、個人から棚卸資産を購入した法人は、その棚卸資産を仕入(商品)として計上します。

2.個人から法人へ減価償却資産を売却した場合

 個人事業主が減価償却資産(建物附属設備、車両運搬具、備品など)を法人へ売却した場合は、所得税法における所得区分は譲渡所得(総合課税)になります。
 また、課税資産の場合は消費税における課税区分は課税売上に該当しますが、非課税資産(例えば、介護タクシー事業における福祉車両など)の場合は非課税売上に該当します。
 一方、個人から減価償却資産を購入した法人は、その減価償却資産を有形固定資産として計上し、中古資産の取得として見積法又は簡便法による耐用年数で減価償却を行います(中古資産の耐用年数によらずに、法定耐用年数で減価償却することもできます)。
 ただし、取得価額が30万円未満の少額減価償却資産については、損金経理を要件として全額を損金算入することができます(青色申告を行う中小企業者)。

※ 車椅子のまま車に乗るタイプであれば消費税は非課税ですが、助手席や後部座席が回転・昇降するタイプは、消費税の課税対象となります。

3.個人から法人へ事業用建物・土地を売却した場合

 個人事業主が事業用の建物や土地を法人へ売却した場合は、所得税法における所得区分は譲渡所得(分離課税)になります。
 また、建物(課税資産)の場合は消費税における課税区分は課税売上に該当しますが、土地(非課税資産)の場合は非課税売上に該当します。
 一方、個人から建物や土地を購入した法人は、その建物や土地を有形固定資産として計上し、建物については中古資産の取得として見積法又は簡便法による耐用年数で減価償却を行います(中古資産の耐用年数によらずに、法定耐用年数で減価償却することもできます)。
 仮に、建物の取得価額が30万円未満だった場合は、損金経理を要件として全額を損金算入することができます(青色申告を行う中小企業者)。
 なお、土地は非減価償却資産であるため、減価償却は行いません。

令和5年4月1日から中小企業も月60時間超の残業割増賃金率が50%になります

1.中小企業の割増賃金率も大企業と同じ50%に

 現行の労働基準法では、月60時間以下の時間外労働が発生した場合の割増賃金率は、大企業も中小企業も25%以上となっています。
 また、月60時間を超える時間外労働が発生した場合の割増賃金率は、大企業が50%以上、中小企業が25%以上となっています。
 2023(令和5)年4月1日以降は、大企業に適用されていた月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が中小企業に対しても適用され、現行の25%以上から50%以上に引き上げられます。

出所:厚生労働省ホームページ

2.深夜労働・休日労働との関係

 深夜(22:00~5:00)の時間帯に月60時間を超える法定時間外労働が発生した場合は、深夜割増賃金率25%以上+時間外割増賃金率50%以上=75%以上となります。
 また、月60時間の法定時間外労働の算定には、法定休日(例えば日曜日)に行った労働は含まれませんが、それ以外の休日(例えば土曜日)に行った法定時間外労働は含まれます。
 なお、使用者は1週間に1日または4週間に4回の休日を与えなければなりません。これを「法定休日」といいます。法定休日に労働させた場合は35%以上の率で計算した割増賃金を支払わなければなりません。

割増賃金の種類 支払う条件 割増賃金率
時間外手当・残業手当 法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えたとき 25%以上
時間外労働が限度時間(月45時間・年360時間等)を超えたとき 25%以上
(努力義務)
時間外労働が月60時間を超えたとき(大企業・中小企業) 50%以上
深夜手当 22時から5時までの間に勤務させたとき

25%以上

休日手当 法定休日(週1日)に勤務させたとき 35%以上

3.法定時間外労働時間・法定休日労働時間の具体的な算定方法

 以下の例によって、法定時間外労働時間と法定休日労働時間の具体的な算定方法を確認します。

出所:厚生労働省ホームページ

 1か月の起算日である1日(月)からの時間外労働時間数を累計して、60時間以下までは25%の割増率で、60時間を超えた時点からは50%の割増率で計算した割増賃金を支払わなければなりません。なお、法定休日は日曜日、所定休日は土曜日とします。

  時間外労働時間 時間外労働時間累計 割増賃金率
第1週 5時間+5時間+2時間+3時間+5時間=20時間 20時間 25%
第2週 2時間+3時間+5時間+5時間+5時間=20時間 40時間
第3週 3時間+2時間+3時間+3時間+3時間=14時間 54時間
第4週 3時間+3時間=6時間 60時間
第4週 2時間+1時間+2時間+1時間=6時間 66時間 50%
第5週 1時間+1時間+2時間=4時間 70時間

 法定時間外労働時間数が60時間に達する第4週の23日(火)までは割増賃金率25%を適用し、60時間を超える第4週の24日(水)以降の10時間(累計:70時間-60時間)は割増賃金率50%を適用して割増賃金を計算します。
 この法定時間外労働時間数には所定休日(土曜日)の時間は含みますが、法定休日(日曜日)の時間は含みません。

 また、法定休日労働時間数は日曜日の5時間+3時間=8時間となり、この8時間に対して割増賃金率35%を適用して割増賃金を計算します。

 なお、月60時間を超える法定時間外労働を行った労働者の健康を確保するため、引上げ分の割増賃金の代わりに有給の休暇(代替休暇)を付与することができます。
 代替休暇制度導入にあたっては、過半数組合、それがない場合は過半数代表者との間で労使協定を結ぶことが必要です。

住民票の住所と現住所が異なる場合の確定申告書の提出先

1.納税地

 確定申告書は、納税地の所轄税務署長に提出します。所得税法では、下表のように納税地を定めています。

判定基準 納税地 納税者
原則 特例
① 国内に住所を有する場合※1 住所地 居所、事業所等を納税地として選択する場合※3 居住者※4
② 国内に住所を有せず、居所を有する場合※2 居所地
③ 国内に恒久的施設(事務所、事業所等)を有する場合 恒久的施設の所在地 非居住者※4
④ かつて住所又は居所を有していた場所に親族等が現在居住している場合 当時の住所地又は居所地
⑤ 上記③④に該当しない場合で、国内にある不動産の貸付け等の対価を受ける場合 貸付資産の所在地
⑥ 上記③④⑤に該当しないで、納税地を選択した場合 その者の選択した場所
⑦ 上記③④⑤⑥に該当しない場合 麴町税務署

※1 住所とは生活の本拠をいい、生活の本拠であるかどうかは客観的事実により判定します(所得税基本通達2-1)。
※2 居所とは相当期間継続して居住している場所をいい、住所といえる程度に達していないものをいいます(神戸地裁平14.10.7判決)。
※3 納税地の特例を選択する場合は、変更前の所轄税務署長に対して「納税地の変更に関する届出書」を提出する必要があります(所得税法第16条)。
※4 納税者の区分(居住者・非居住者)は、次のとおりです。

納税者の区分 定義
居住者 永住者 日本国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人
非永住者 居住者のうち、日本の国籍を有しておらず、かつ、過去10年以内において国内に住所又は居所を有していた期間の合計が5年以下である個人
非居住者 居住者以外の個人

 確定申告書は納税地の所轄税務署長に提出しますが、居住者については、国内に住所を有する場合は、原則として住所地が納税地となります。
 住所とは生活の本拠をいい、客観的事実によって判定します。一般的には住民票の登録をしている住所が納税地になりますので、確定申告書は原則として住民票のある住所地の所轄税務署長に提出します。

 会社員等の給与所得者でも、医療費控除やふるさと納税等の寄附金控除を受ける場合などは確定申告をする必要があります。基本的には住民票のある住所地と現住所は一致しますので、確定申告書の提出先を迷うことはありません。
 しかし、引越しや転勤などで住所が変わったにもかかわらず、住民票異動の手続きをしていないため、住民票に記載されている住所と現住所が異なることがあります。
 このような場合は、住民票のある住所地と現住所のどちらに確定申告書を提出すればいいのか疑問が生じますが、現住所の所轄税務署長に確定申告書を提出すればよいことになっています。

 また、個人事業主が住所地や居所地以外の地で事業をしている場合は、事業所の所在地を納税地とすることができます。この納税地の特例を選択する場合は、変更前の所轄税務署長に対して「納税地の変更に関する届出書」を提出する必要があります。

2.住民税は二重課税されないか?

 住民票のある住所と実際の現住所が異なる場合は、現住所の所轄税務署長に確定申告書を提出することになりますが、この場合に心配なのが、住民票のある住所地と現住所で住民税が二重課税されないか、ということです。
 住民税は住民票のある市町村が課税しますが、今回のケースのように住民票のある市町村と現住所の市町村が異なっている場合は、現住所の市町村が課税することになっています(地方税法294条3項・4項)。したがって、住民税が二重課税されるということはありません。

 ただし、市町村内に事業所等を有する個人事業主で当該市町村内に住所(生活の本拠)を有しない者は、原則として住民税の均等割が課税されます。
 しかし、前年の合計所得金額が市町村の条例で定める金額以下の場合は、均等割は非課税となります(地方税法294条1項2号)。

会社・役員間において賃貸物件の原状回復(内部造作の撤去)をしない場合の課税関係

 会社とその役員との間で、建物の賃貸借取引を行う場合があります。例えば、役員所有の建物に、会社が内装工事を行って本店や営業所として賃借する場合などです。
 この賃貸借契約が終了するにあたり、会社が入居時に行った内装工事(内部造作)を撤去せずにそのままの状態で退去する場合があります。
 この場合の会社側の会計処理として、内装工事の簿価(未償却残高)を固定資産除却損として費用計上することが考えられますが、税務上は気をつけなければならないことがあります。
 以下では、会社が原状回復(内部造作の撤去)をせずに賃貸物件を退去する場合の、会社と役員双方の課税関係について確認します。

1.概要

 不動産販売業を営むA社は、社長のB氏が法人成りしてできた会社です。法人成りの際に、B氏の自宅を増築(B氏が費用負担)し、そこに内装工事(A社が費用負担)を行って本店兼営業所として使用していましたが、この度、B氏個人が新たに建築した建物をA社の新社屋(本店兼営業所)として使用することになり、登記も済ませました。
 A社では法人成りの際の内装工事代350万円を建物勘定で資産計上しており、当期首の簿価(未償却残高)は260万円となっています。

 本店移転に伴って、旧本店(B氏自宅の増築部分)は廃止し営業所(支店)としても使用しません。宅建業法では営業所に専任の宅建資格者(宅地建物取引士)を設置しなければなりませんが、A社には宅建資格者がB氏1名しかいませんので、旧本店を営業所(支店)として使用することはできません(B氏は新社屋の専任資格者になります)。

 したがって、旧本店を今後事業の用に供することはありませんが、内装はそのままにしています。内装工事の内容は、床を土足仕様にしたり、営業所の入口としてガラス扉を設けたりしたことが主なものです。
 なお、旧本店を事業の用に供することはありませんが、そのままの内装の状態でB氏の自宅として使う可能性はあります(例えば、子供の勉強部屋など)。

 また、これまでA社からB氏に旧本店の家賃を支払っていましたが、新社屋への移転に伴って旧本店との賃貸借契約を解除し、新社屋の家賃をA社からB氏に支払う賃貸借契約を新たに結びました。
 どちらの契約もA社に原状回復義務があり、B氏に造作等の買取義務はありませんが、旧本店との賃貸借契約を解除するにあたって、A社においては内装の撤去工事の費用を節約できること及び撤去工事をしても廃材の売却収入が見込めないこと、B氏においては現状でも自宅として使用可能であることから、内装はそのままにしています。

2.旧本店の内部造作の処理と課税関係

 このような状況の下で、A社で資産計上されている建物:内装工事(期首簿価260万円)の処理方法と、それぞれの場合におけるA社とB氏の課税関係は、次のように考えられます。

(1) A社からB氏へ無償譲渡(賃貸借契約解除時に除却)

 この場合のA社の会計上の仕訳は、次のようになります。

借方科目 借方金額 貸方科目 貸方金額
減価償却費 17万円 建物 260万円
固定資産除却損 243万円    

 これに対して、税務上の仕訳は次のようになります。

借方科目 借方金額 貸方科目 貸方金額
減価償却費 17万円 建物 260万円
建物譲渡原価 243万円    
寄附金 243万円 建物譲渡収益 243万円

 減価償却費17万円は、期首から賃貸借契約解除時までの月割額です。A社が内部造作を放棄してそのままの状態で退去するということは、A社からB氏へ内部造作の無償譲渡が行われたということです。このとき、A社では建物の簿価243万円を固定資産除却損として会計処理しています。

 ところが、税務上は、有償譲渡だけではなく無償譲渡に係る収益も益金の額に算入することになります(法人税法第22条第2項)。 つまり、資産の無償譲渡が行われた場合には、原則としてその資産の時価で譲渡されたものとみなされます。
 また、その資産の時価と譲渡対価の額との差額のうち実質的に贈与又は無償の供与をしたと認められる金額は、寄附金の額に含まれるものとされます(法人税法第37条第8項)。
 したがって、会計上は固定資産除却損を計上していたとしても、税務上は寄附金とみなされ、寄附金とみなされた金額のうち損金不算入部分の金額は課税されます。
 ただし、固定資産除却損は、第三者間の取引であれば造作を放棄する合理的な理由(撤去費用を負担せずにすむ)がある場合(※)は、その無償譲渡は贈与等には該当せず寄附金課税されないと解されています(税務通信3434号)。
 
※ 第三者間取引でも、造作を取り壊すより放棄した方がコストが低いような場合(撤去費用が廃材売却収入より多くかかる場合)は合理的な理由と認められますが、そうでない場合(撤去費用を上回る廃材売却収入がある場合)は寄附金課税されると考えられます。

 A社の無償譲渡が第三者との取引であれば、固定資産除却損は税務上も損金算入されると考えられますので、課税上の特段の問題は生じません。
 しかし、今回のA社の無償譲渡は役員B氏との取引であるため、税務上は次のように考える必要があります。

借方科目 借方金額 貸方科目 貸方金額
減価償却費 17万円 建物 260万円
建物譲渡原価 243万円    
役員給与 243万円 建物譲渡収益 243万円

 会計上は固定資産除却損を計上していたとしても、税務上は損金不算入の役員給与とみなされます。
 したがって、A社については、固定資産除却損243万円が損金不算入とされ法人税等が課税されます。また、役員給与243万円に対して、所得税の源泉徴収が必要になります。

 一方、B氏については、受贈益課税されます。すなわち、契約上は原状回復義務がA社にあるにもかかわらずそれを免除したということは、B氏にとって価値ある資産を譲り受けたものとして捉えられますので、役員給与として受贈益課税されると考えられます。
 したがって、B氏については、役員給与243万円に対して所得税の負担が生じます。

(2) A社からB氏へ有償譲渡(賃貸借契約解除時に売却)

 この場合のA社の会計処理は、次のようになります。

借方科目 借方金額 貸方科目 貸方金額
減価償却費 17万円 建物 260万円
現金預金 243万円    

 時価の算定が困難であることから、売却時点の簿価243万円を時価としています(※)。
 この場合、A社においては税務上も売却損益は生じないため、特段の課税関係は生じないと考えられます。
 ただし、A社が消費税の課税事業者である場合は、243万円の課税売上が発生します(上記(1)の場合も同じ)。

※ 時価には再調達価額や売却可能価額などがありますが、時価を見積もるのが困難な場合は基本的には簿価を時価とするのが一般的です。

 一方、B氏においても、特段の課税関係は生じません。

(3) まとめ

 A社としては、固定資産除却損を計上して法人税等の節税を考えたいところですが、会社と役員間の取引においては、固定資産除却損の計上(無償譲渡)を行う場合も結局は時価で譲渡したものとみなされ、A社とB氏に税負担が生じます。
 安易な除却損の計上には、気をつけなければなりません。

賞与(ボーナス)の社会保険料と所得税の計算方法

 社会保険料(健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料)と雇用保険料は毎月の給与から控除(天引き)しますが、ボーナス(賞与)に対しても社会保険料・雇用保険料はかかります。
 ボーナスから控除する社会保険料や所得税の計算方法は、毎月の給与から控除する場合と計算方法が異なります(雇用保険料は、ボーナスの場合も毎月の給与の場合も計算方法は同じです)。
 以下では、ボーナスに対する社会保険料・雇用保険料及び所得税の計算方法と、ボーナス支給後の手続きについて確認します。

1.賞与に対する社会保険料の計算方法

出所:全国健康保険協会ホームページ

 毎月の社会保険料は標準報酬月額に基づいて計算しますが、ボーナスから控除する社会保険料は「標準賞与額」に基づいて計算します。
 標準賞与額とは、支給する賞与額の1,000円未満の端数を切り捨てた金額をいいます。この標準賞与額に保険料率を乗じて社会保険料を算出し、算出された社会保険料を事業主と被保険者が労使折半で負担します。

 例えば、2022(令和4)年12月にAさん(兵庫県在住の38歳の従業員で扶養親族は1人)に400,800円のボーナスを支給する場合、ボーナスから控除する社会保険料と雇用保険料は次のように計算します。

標準賞与額400,000円×健康保険料率10.13%×1/2=20,260円(健康保険料)
標準賞与額400,000円×厚生年金保険料率18.3%×1/2=36,600円(厚生年金保険料)
実際支給額400,800円×雇用保険料率5/1000=2,004円(雇用保険料)※
控除合計額20,260円+36,600円+2,004円=58,864円

※社会保険料計算では、1,000円未満の端数を切り捨てた標準賞与額に保険料率を乗じますが、雇用保険料計算の際は1,000円未満の端数を切り捨てずに保険料率を乗じます。

 また、2022(令和4)年12月にBさん(兵庫県在住の41歳の従業員で扶養親族は1人)に400,800円のボーナスを支給する場合、ボーナスから控除する社会保険料と雇用保険料は次のように計算します。

標準賞与額400,000円×健康保険料率11.77%×1/2=23,540円(健康保険料・介護保険料)
標準賞与額400,000円×厚生年金保険料率18.3%×1/2=36,600円(厚生年金保険料)
実際支給額400,800円×雇用保険料率5/1000=2,004円(雇用保険料)
控除合計額23,540円+36,600円+2,004円=62,144円

2.賞与に対する所得税の計算方法

出所:国税庁ホームページ

 ボーナスに対する社会保険料と雇用保険料の計算ができたら、次は「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」を用いて、所得税(源泉徴収税額)の計算をします。
 所得税の計算方法は次のとおりです。

(1) まず、「前月の社会保険料等控除後の給与等の金額」を求めます。具体的には、その人の前月の給与額から前月の給与額に対する社会保険料・雇用保険料を差し引いた金額になります。
(2) 次に、その人の扶養親族等(源泉控除対象配偶者及び控除対象扶養親族)の数に応じて、(1)で求めた金額が記載されている行の「賞与の金額に乗ずべき率」を求めます。
(3) (2)で求めた率を、ボーナスの金額からボーナスにかかる社会保険料・雇用保険料を控除した金額に乗じて所得税を算出します。

 例えば、前月のAさんの給与が260,000円、社会保険料が37,102円、雇用保険料が1,300円だった場合、ボーナス400,800円に対する所得税は次のように計算します。

(1) 前月の給与額260,000円-前月の社会保険料37,102円-前月の雇用保険料1,300円=221,598円
(2) 扶養親族等の数が1人なので、(1)の金額は「94千以上243千円未満」の区分に該当し、賞与に乗ずべき率は2.042%。
(3) 所得税=(400,800円-58,864円)×2.042%=6,982円(円未満切捨て)

3.被保険者賞与支払届の提出

 事業主が被保険者および70歳以上被用者へ賞与を支給した場合は、支給日より5日以内に「被保険者賞与支払届」により支給額等を届出します。
 この届出内容により標準賞与額が決定され、これにより賞与の保険料額が決定されるとともに、被保険者が受給する年金額の計算の基礎となるものですので、忘れずに届出をしなければなりません。
 また、賞与にかかる保険料は、毎月の保険料と合算されて賞与支払月の翌月の「納入告知書(口座振替の場合は、納入告知額通知書)」で通知されます。

年末調整に必要な書類(各種申告書と証明書等)

1.年末調整とは?

 毎月支給される給与からは所得税が源泉徴収(天引き)されていますが、その源泉徴収された所得税の1年間の合計額は、その人(給与の支払を受ける人)の1年間の給与総額に対する税額(年税額)と基本的には一致しません。
 一致しない理由は、例えば、家族の就職や結婚等により年の中途で控除対象扶養親族の人数に異動があっても、その異動後の支払分から修正するだけで遡って各月の源泉徴収税額を修正することとされていないことや、生命保険料や地震保険料などの所得控除は年末調整の際に控除することとされていることなどが挙げられます。
 このような不一致を精算するため、1年間の給与総額が確定する年末にその年に納めるべき税額(年税額)を計算し、この年税額と毎月の給与から源泉徴収した税額との差額を還付したり追加で徴収したりする手続きを年末調整といいます。
 年末調整では、勤務先に各種申告書と証明書等を提出することで、いろいろな控除が受けられます。
 以下では、年末調整の際に必要な各種申告書と証明書等について確認します。

2.提出が必要な申告書と証明書等

 次のうち、(2)の「扶養控除等(異動)申告書」と(3)の「基礎控除申告書兼配偶者控除申告書兼所得金額調整控除申告書」は基本的には全員が提出する必要がありますが、それ以外については該当する方が提出することになります。

(1) 前職の源泉徴収票

 中途入社の方は、前の勤務先が発行した「給与所得の源泉徴収票」を提出してください(複数枚ある場合はすべて)。

(2) 扶養控除等(異動)申告書

 前年の年末調整時または本年の入社時に提出済みだと思いますが、転居により住所が変わった方、家族の就職や結婚等により扶養親族の人数が減った方、出産により扶養親族の人数が増えた方などは、その事実を記載して再提出してください(異動のない方も再提出をしてください)。

(3) 基礎控除申告書兼配偶者控除申告書兼所得金額調整控除申告書

 基礎控除や配偶者控除等を受ける方は、「基礎控除申告書兼配偶者控除申告書兼所得金額調整控除申告書」を提出してください。

(4) 保険料控除申告書

 生命保険料や地震保険料、社会保険料、小規模企業共済掛金などを支払っている方(下記(5)(6)(7)(8)に該当する方)は、これらの支払を証明する書類と一緒に提出してください。

(5) 生命保険料控除証明書・地震保険料控除証明書

 ご自身が支払った生命保険料・地震保険料がある方は、保険会社から送られてくる「生命保険料控除証明書」「地震保険料控除証明書」を提出してください。

(6) 国民健康保険料・後期高齢者医療保険料の領収書等

 ご自身が支払った国民健康保険料・後期高齢者医療保険料がある方は、「領収書」または「保険料控除申告書」に本年中に支払った金額を記載して、提出してください。

(7) 社会保険料(国民年金保険料)控除証明書

 ご自身が支払った国民年金保険料がある方は、日本年金機構から送られてくる「社会保険料(国民年金保険料)控除証明書」を提出してください。

※ 国民年金の保険料と国民年金基金の掛金については、保険料を支払ったことを証明する書類が必要ですが、上記(6)の国民健康保険料や後期高齢者医療保険料については必要ありません。

(8) 小規模企業共済等掛金控除証明書

 ご自身が支払った小規模企業共済等掛金(iDeCoなど)がある方は、「小規模企業共済等掛金控除証明書」を提出してください。

(9) 住宅借入金等特別控除申告書・住宅借⼊⾦の年末残⾼等証明書

 住宅ローン控除を受けるために前年分以前に確定申告をした方は、税務署から送られてくる「住宅借入金等特別控除申告書」と、金融機関から送られてくる「住宅取得資⾦に係る借⼊⾦の年末残⾼等証明書」を提出してください。

労働保険の年度更新の仕組みと会計処理(仕訳)

1.労働保険とは?

 労働保険は、労災保険(労働者災害補償保険)と雇用保険に分かれます。
 労災保険は、従業員が仕事中にけがをしたり通勤途中で事故にあった場合に、その治療費や診療費を負担する保険で、その保険料は事業主が全額負担します。
 雇用保険は、失業した場合に当面の生活費を補償する保険で、その保険料は負担割合に応じて事業主と従業員が負担します。

※ 2023(令和5)年度の雇用保険料率については、本ブログ記事「令和5年度雇用保険料率が改定されます」をご参照ください。

2.労働保険の年度更新とは?

 労働保険料を計算する期間を「保険年度」といい、毎年4月1日から翌年の3月31日までの1年間を単位とします。この1年間に支払われる賃金総額の見込額に事業の種類ごとに定められた保険料率を掛けて算出した概算保険料を、その年度の6月1日から7月10日までに当年度分(4/1~翌3/31)として労働基準監督署(ハローワーク等)へ申告・納付します。

 労働保険料の申告・納付では、当年度分の概算保険料だけではなく、前年度に支給された実際の賃金総額をもとに算定した確定保険料と前年度に納付した概算保険料との差額を精算します。この一連の手続きを「労働保険の年度更新」といいます。
 つまり、年度更新は、前年度の概算保険料の精算と当年度の概算保険料の納付という2つの手続きから成ります。
 概算保険料の精算は、前年度分の確定保険料が前年度に納付した概算保険料より多い場合は前年度の不足分を納付し、前年度分の確定保険料が前年度に納付した概算保険料より少ない場合は当年度の概算保険料の納付額に充当されます(原則として還付金は受け取りません)。

 なお、労働保険の年度更新の際には、労災保険料と雇用保険料の他に一般拠出金も納付します。
 一般拠出金とは、石綿(アスベスト)健康被害者の救済費用にあてるため創設されたもので、全額を事業主が負担します。

3.年度更新の会計処理

 労働保険の会計処理は、前年度の概算保険料を精算する必要があることから、他の社会保険(健康保険・厚生年金)より少し複雑です。
 会計処理上のポイントは、労働保険の手続きの流れと誰が保険料を負担するのかを理解することです。そのうえで、事業主負担分は法定福利費として費用処理し、従業員負担分は立替金などの勘定科目で処理します。

 労働保険の会計処理には、法人税法で認められている会計処理と期間帰属を重視した会計処理がありますが、ここでは実務的に有用な前者の会計処理について確認します。

【設例】
(1) 前年度(R4年度)の概算保険料329,200円の内訳
労災保険:85,800円
雇用保険:243,400円(事業主負担分162,300円 従業員負担分81,100円

(2) 前年度(R4年度)の確定保険料337,800円の内訳
労災保険:88,400円
雇用保険:249,400円(事業主負担分166,300円 従業員負担分83,100円

(3) 当年度(R5年度)の概算保険料393,200円の内訳
労災保険:88,400円
雇用保険:304,800円(事業主負担分194,000円 従業員負担分110,800円

※ 一般拠出金は省略します

(1) 前年度(R4年度)概算保険料の納付

借方科目 借方金額 貸方科目 貸方金額
法定福利費 248,100 ※2 現金預金 329,200
立替金 ※1 81,100 ※3    

※1 立替金勘定以外に「仮払金」勘定なども可
※2 事業主負担分:85,800+162,300=248,100
※3 従業員負担分:81,100
※4 (参考)R4年度(R4.4.1~R5.3.31)の給与支給時の仕訳(1年間の合計額)

借方科目 借方金額 貸方科目 貸方金額
給料手当 ××× 現金預金 ×××
    立替金 ※1 83,100 ※2

※1 立替金勘定以外に「預り金」勘定なども可
※2 前年度(R4年度)雇用保険(従業員負担分)の確定保険料

(2) 前年度(R4年度)概算保険料と確定保険料の精算

借方科目 借方金額 貸方科目 貸方金額
法定福利費 6,600 ※1 現金預金 8,600
立替金 2,000 ※2    

※1 事業主負担分:88,400+166,300-248,100=6,600
※2 従業員負担分:83,100-81,100=2,000

(3) 当年度(R5年度)概算保険料の納付

借方科目 借方金額 貸方科目 貸方金額
法定福利費 282,400 ※1 現金預金 393,200
立替金 110,800 ※2    

※1 事業主負担分:88,400+194,000=282,400
※2 従業員負担分:110,800

 年度更新の一連の流れに沿った会計処理(仕訳)を示すと、上記のようになります。あとは保険年度ごとに(2)と(3)の仕訳を繰り返し行っていくことになります。

インボイス制度のよくある質問

 2023(令和5)年10月1日から始まるインボイス制度について、これまでに事業者の皆さんから受けた質問をQ&A形式で紹介します。

1.インボイス制度が始まると、免税事業者は消費税額を請求できない?

Q.免税事業者である当社は、これまで消費税分を加算した金額を相手方に請求していましたが、インボイス制度が始まる令和5年10月1日以降も消費税分を請求すると、消費税法違反になりますか?

A.令和5年10月1日以降の取引においても、免税事業者が消費税相当額を請求してはならないという規定は消費税法にありません。したがって、消費税分を請求しても違法ではありません。

Q.ということは、これまで通り請求書に消費税率や消費税額を記載しても問題はないということですね?

A.税率や税額を記載すること自体は違法ではありませんが、免税事業者がインボイス発行事業者(適格請求書発行事業者)であるとの誤解を招くような書類を発行することは禁じられており、罰則規定もあります。
 また、免税事業者が請求書に税率や税額を記載することは、相手方から値引き交渉の材料とされる可能性もあります。
 したがって、請求金額は税額を別記する外税ではなく税込みの金額である内税で記載し、消費税率や消費税額は記載しないで請求書を作成するのが良いと思います。

2.インボイス発行事業者になれば外税で請求してもよいという提案を受けたが?

Q.当社は免税事業者であることから、これまでは内税で請求をしていましたが、インボイス制度導入を契機に取引先と取引条件の見直しをしていたところ、インボイス発行事業者になれば外税で請求してもよいという提案を受けました。この提案に乗るべきでしょうか?

A.乗ってください。例えば、内税で10万円を請求していたのを外税で11万円を請求できるということは、1万円の収入増加になります。一方で、消費税の納税義務も生じますので、この増えた1万円のうちいくらかは消費税として納付することになりますが、必ず手元に残るお金はあります。これは消費税の計算方法が原則課税でも簡易課税でも、仕入率が0%でない限り必ず手元にお金が残ります。
 ただし、取引先がこの1社だけならこの提案に乗るべきですが、他にも取引先があり、その取引先とは内税での請求が続くのであれば、各取引先との取引量や取引金額などを総合的に勘案して検討しなければなりません(外税請求と内税請求の割合を考慮する必要があります)。

3.事務所家賃を口座振替で支払っており貸主から請求書や領収書を受け取っていない。この場合、インボイス制度が始まると仕入税額控除できなくなる?

Q.当社は事務所の家賃を口座振替で支払っていますが、貸主から請求書や領収書が発行されないため、家賃の支払の記録としては銀行の通帳に口座振替の記録が残るだけです。この場合、インボイス制度が始まると当社は仕入税額控除ができなくなるのでしょうか?

A.契約書に基づき代金決済が行われ、取引の都度、請求書や領収書が交付されない取引であっても、仕入税額控除を受けるためには、原則としてインボイスの保存が必要です。
 そこで、仕入税額控除を受けるためには、次の3つの方法があります。

口座振替の都度、貸主からインボイスの交付を受け、それを保存する。
貸主から一定期間の家賃についてのインボイスの交付を受け、それを保存する(インボイスは、一定期間の取引をまとめて交付することもできます)。
インボイスの記載事項の一部(例えば、口座振替の年月日以外の事項)が記載された契約書とともに通帳(口座振替の年月日の事実を示すもの)を併せて保存する(インボイスとして必要な記載事項は、一の書類だけで全てが記載されている必要はなく、複数の書類で記載事項を満たせば、それらの書類全体でインボイスの記載事項を満たすことになります)。

 上記のうち事務の煩雑さを考慮すると、②か③になると思いますが、③については令和5年9月30日以前からの契約の場合は、契約書にインボイスとして必要な事項(例えば、登録番号)の記載が不足している場合には、別途、記載が不足していた事項(登録番号)の通知を貸主から受け、契約書とともに保存していれば差し支えありません。
 貸主の立場からは、③での対応が一番楽だと思います。

Q.もし、貸主がインボイス発行事業者ではない場合は、当社は仕入税額控除ができないのでしょうか?

A.免税事業者や消費者から物を買ったりサービスを受けたりした場合でも、一定の要件のもとに6年間は仕入税額控除をしてもいいという経過措置が設けられています。
 令和5年10月1日から令和8年9月30日までは免税事業者に支払った消費税相当額の80%を、令和8年10月1日から令和11年9月30日までは50%を仕入税額控除できます。

※ 一定の要件とは、「区分記載請求書等と同様の事項が記載された請求書等及びこの経過措置の規定の適用を受ける旨を記載した帳簿を保存していること」です。

4.インボイス制度開始前に請求書に登録番号を記載しても大丈夫?

Q.当社はインボイス登録申請書を提出し、令和4年10月に登録番号が通知されました。インボイス制度が始まる前に、この登録番号を請求書に記載しても問題ないでしょうか?

A.問題ありません。請求書等に登録番号を記載したとしても、取引の相手方は現行制度(区分記載請求書等保存方式)の仕入税額控除の要件を確保できますので、インボイス制度開始前に請求書に登録番号を記載しても差し支えありません。

5.電子インボイスとデジタルインボイスの違いとは?

Q.取引の相手方から、電子帳簿保存法に対応するために電子インボイスを発行してほしいという要望がありましたが、電子インボイスとデジタルインボイスの違いがわかりません。

A.電子インボイスとデジタルインボイスは似ていますが、それぞれ異なるものです。
 「電子インボイス」とは、例えば、紙の請求書を「画像データ化(PDF)」してメール送信したものをいいます。Excelで作成した請求書をプリントアウトせずにPDFに変換し、メールに添付して送信したものも電子インボイスです。
 電子インボイスは、紙やExcelデータなどを電子化(PDF)したものであり、人がそれを処理することが前提となっています。
 これに対し「デジタルインボイス」とは、請求に関する情報について、売り手のシステムから買い手のシステムへ人を介さずにデータ連携する仕組みです。
 売り手のシステムが生成したインボイスデータ(電子データ)を買い手のシステムで読み取り、受発注や決済まで自動処理させることを前提としています。
 業務の効率化という点では、デジタルインボイスの方が利便性が高いといえます。

免税事業者がインボイス発行事業者となる場合の事前準備

 2023(令和5)年10月1日から適格請求書等保存方式(インボイス制度)がスタートします。
 現在課税事業者で今後も課税事業者が続くと見込まれる場合や、現在は免税事業者だけど2023(令和5)年10月1日時点では課税事業者であり、それ以降も課税事業者であることが見込まれる場合は、インボイス発行事業者の登録をしない理由はないと言えます。
 一方、現在免税事業者で今後も免税事業者であることが見込まれる場合は、インボイス発行事業者の登録をすべきか否かについて、免税事業者の方は非常に悩ましい判断を迫られています。
 今回は、いろいろと検討した結果、インボイス制度のスタートに合わせてインボイス発行事業者になるという決断をした免税事業者の、事前に必要な準備について述べていきます。

1.消費税を意識した記帳を今から始める

 免税事業者がインボイス発行事業者の登録をするということは、当然のことながら課税事業者になることを意味します。つまり、消費税の申告納税義務が生じます。
 この場合、個人事業主と12月決算法人を前提(以下2、3において同じ)とすると、消費税の申告対象となる期間は2023(令和5)年1月1日~同年12月31日の1年間ではなく、2023(令和5)年10月1日~同年12月31日までの3か月間になります。
 免税事業者の方は、会計ソフトを使用している場合も手書きや表計算ソフト等で帳簿を作成している場合も、これまでは消費税を意識した記帳は行っていなかったと思われます。
 しかし、課税事業者になると、消費税についてもきっちり記帳をしなければ消費税の申告納税をすることができません。免税事業者である今のうちから、消費税を意識した記帳を行って、申告納税に備える必要があります(今のうちに練習をしておくということです)。
 また、下記3で述べるように、課税事業者になったときの納税額の有利不利をシミュレーションするためにも、免税事業者のうちから消費税を意識した記帳を行う必要があります。

2.棚卸資産に係る調整措置を適用する

 消費税の納税額は、売上に係る消費税(売ったときに受け取った消費税)から仕れに係る消費税(買ったときに支払った消費税)を差引いて計算します。例えば、税率を10%とすると、77,000円で仕入れた商品を110,000円で売った場合、納税額は10,000円(受け取った消費税)から7,000円(支払った消費税)を差引いた3,000円になります。この支払った消費税を差引くことを「仕入税額控除」といいます。
 しかし、免税事業者のときに仕入れた商品等を課税事業者になってから販売すると、消費税納税額の計算上、売上に係る消費税(課税事業者になってから受け取った消費税)は計上されますが、仕入れに係る消費税(免税事業者のときに支払った消費税)は差引くこと(仕入税額控除)ができません。
 このような不合理を調整するために、免税事業者が課税事業者になった場合に、免税事業者時代の棚卸資産(商品や原材料などの在庫)に含まれる消費税を仕入税額控除できる「棚卸資産に係る調整措置」が設けられています。
 免税事業者が今回のインボイス制度導入に合わせて課税事業者になった場合に当てはめると、2023(令和5)年9月30日時点の棚卸資産に含まれる消費税を、課税事業者になった2023(令和5)年10月1日~同年12月31日の期間で仕入税額控除できることになります。
 今回この調整措置を適用するためには、棚卸し(在庫の確認)を決算期の12月31日だけではなく、免税事業者最終日の9月30日にも行う必要があります。
 この調整措置は納税者有利の規定ですから、卸売業や小売業、飲食店業など、棚卸資産のある業種の事業者の方は、忘れずに適用してください。ただし、下記3の簡易課税制度を選択する場合は適用できません。

3.簡易課税の選択を検討する

 消費税の仕入税額控除の方法には、原則課税と簡易課税があります。
 原則課税は、商品等を購入した際の領収書等から実際に支払った消費税を集計し、これを受け取った消費税から差し引いて納税額を計算します。
 一方、簡易課税は、業種ごとに決められた「みなし仕入率※1」という一定の割合を、受け取った消費税に乗じて(掛け算して)支払った消費税を算出します。
 例えば、小売業の場合、77,000円で仕入れた商品を110,000円で売ったとき、原則課税で計算した「支払った消費税」は7,000円(納税額は3,000円)になりますが、簡易課税では、小売業のみなし仕入率は80%ですので、「支払った消費税」は受け取った消費税10,000円に80%を乗じた8,000円(納税額は2,000円)になります。
 この計算例でわかるように、簡易課税は、原則課税のように実際に支払った消費税を領収書等から集計する必要がありません(売上高がわかれば納税額の計算ができます)。つまり、インボイス制度が導入されてもインボイスを保存する必要がないので、経理事務負担が軽減されるということです※2
 また、上記の計算例のように、実際の仕入率(支払った消費税7,000円÷受け取った消費税10,000円=70%)よりみなし仕入率(小売業80%)の方が高い場合は、簡易課税の方が原則課税よりも納税額が少なくなります。逆に、実際の仕入率がみなし仕入率より高い場合は、納税額が原則課税より増えます。
 このように、実際の仕入率とみなし仕入率の関係によっては、簡易課税の方が税負担が軽減される場合があるということです。
 うまくいけば、事務負担も税負担も軽減されますので、簡易課税の選択は検討する価値があります※3

 ただし、簡易課税を選択する場合には、次の点に留意しなければなりません。

(1) 基準期間の課税売上高が5,000万円以下であること。
 この制限に関しては、今回は免税事業者(基準期間の課税売上高1,000万円以下)が課税事業者になる場合を述べていますので、クリアしています。

(2) 簡易課税を選択する場合は、「簡易課税制度選択届出書」を税務署に提出する必要がある。
 通常は、適用を受けようとする課税期間の初日の前日までに提出しなければなりませんが、今回のインボイス制度導入に合わせて免税事業者が課税事業者になる場合は、2023(令和5)年12月31日までに提出すればよいことになっています。

(3) 簡易課税を選択した場合は、2年間継続適用しなければならない。
 簡易課税を初めて選択した次の年度に原則課税の方が有利になる場合でも、簡易課税を継続適用しなければなりません。

※1 みなし仕入率

事業区分 該当する事業 みなし仕入率
第1種 卸売業 90%
第2種 小売業 80%
第3種 農業、林業、漁業、建設業、製造業など 70%
第4種 飲食店業など 60%
第5種 金融・保険業、運輸通信業、サービス業 50%
第6種 不動産業 40%

※2 所得税法・法人税法上は、受領した請求書等は保存しなければなりません。

※3 2022(令和4)年12月23日に閣議決定された令和5年度税制改正大綱において、売上税額の2割納税の特例が設けられました。簡易課税制度の選択にあたっては、この2割納税の特例との有利不利を考慮する必要がありますので、ご注意ください。2割納税の特例については、本ブログ記事「インボイス制度に係る支援措置:売上税額の2割納税」を、2割納税の特例と簡易課税制度の有利不利については「売上税額の2割納税の特例と簡易課税制度はどちらが有利か?」をご参照ください。