不動産貸付の事業的規模と業務的規模における経費の取扱いの違い

1.規模により異なる取扱い

 不動産所得の計算上、 不動産の貸付けが事業と称するに足りる規模(事業的規模)で営まれているか否かによって、経費の取扱いに差異が設けられています。差異のある主な項目は、次のとおりです。

(1) 資産損失(取壊し、除却、滅失等)
(2) 資産損失(災害等)
(3) 貸倒損失
(4) 貸倒引当金
(5) 青色事業専従者給与
(6) 事業専従者控除
(7) 青色申告特別控除
(8) 確定申告における延納に係る利子税 など

 これらの取扱いについては、不動産所得を生ずべき業務が事業的規模として行われている場合にのみ認められるものや、事業と称するに足りない規模(業務的規模)で行われている場合には制限がかかるものもあります。
 したがって、事業的規模と業務的規模による取扱いの差異を把握することは、不動産所得の計算上、適用誤りを防ぐためにも必要です。
 なお、事業的規模と業務的規模の判定については、本ブログ記事「土地の貸付けの事業的規模の判定基準」をご参照ください。

2.主な取扱いの差異

 上記1の8項目について、事業的規模と業務的規模における経費の取扱いの差異を一覧表にします。

項目 事業的規模 業務的規模
資産損失(取壊し、除却、滅失等)
※所法51①④
損失の金額(原価ベース)の全額を、損失の生じた年分の必要経費に算入する。 損失の金額(原価ベース)を、損失の生じた年分の不動産所得の金額を限度として必要経費に算入する。
資産損失(災害等)
※所法70②③、72①
同上
他に被災事業用資産の損失の繰越控除を適用できる。
上記との選択により、雑損控除の対象とすることもできる。
貸倒損失
※所法51②、64①
賃貸料等の貸倒れによる損失は、貸倒れが生じた年分の必要経費に算入する。 賃貸料等の回収不能による損失は、その収入が生じた年分に遡って収入金額がなかったものとみなす。
なかったものとみなされる収入金額は、次のうち最も低い金額となる(所令180②、所基通64-2の2)。
①回収不能額
②所法64条適用前の課税標準の合計額
③②の計算の基礎とされた不動産所得の金額
貸倒引当金
※所法52①②、所令144,145
その年の12月31日において、貸金等に係る損失の見込額として一定の金額を必要経費として算入することができる。 適用なし。
青色事業専従者給与
※所法57①
青色事業専従者に支払った給与のうち労務の対価として相当なものは、その年分の必要経費に算入する。 適用なし。
事業専従者控除
※所法57③
専従者1人につき最高50万円(配偶者である専従者については86万円)を必要経費に算入する。 適用なし。
青色申告特別控除
※措法25の2①③
一定の要件を満たす場合には、最高65万円の控除を受けられる。 最高10万円の控除しか受けることができない。
延納に係る利子税
※所法45①二、所令97①一
不動産所得の金額に対応する部分は、必要経費に算入する。 適用なし。

 事業的規模と業務的規模における経費の取扱いの差異は上表のとおりですが、青色申告者は注意しなければならない点があります。業務的規模の場合の青色申告特別控除額が10万円であることはよく知られていますが、青色事業専従者給与について適用がないことは意外な盲点かもしれません。適用誤りがないようにご注意ください。

※ 不動産貸付けが業務的規模の場合でも、65万円控除を受けられる場合があります。詳しくは、本ブログ記事「建物・土地の貸付けの事業的規模の判定と65万円控除」をご参照ください。

土地の貸付けの事業的規模の判定基準

 不動産所得の計算上、 不動産の貸付けが事業と称するに足りる規模(事業的規模)で営まれているか否かによって、次の経費の取扱いに差異が設けられています。

(1) 資産損失
(2) 貸倒損失
(3) 貸倒引当金
(4) 青色事業専従者給与
(5) 事業専従者控除
(6) 青色申告特別控除
(7) 確定申告における延納に係る利子税 など

 これらの取扱いについては、不動産所得を生ずべき業務が事業的規模として行われている場合は、事業と称するに足りない規模(業務的規模)で行われている場合よりも有利になります(取扱いの差異については、本ブログ記事「不動産貸付の事業的規模と業務的規模における経費の取扱いの違い」をご参照ください)。したがって、不動産の貸付けが事業的規模であるか業務的規模であるかの判定は、不動産所得を計算するうえで非常に重要です。
 今回は、不動産の貸付けが事業的規模であるか否かの判定基準について確認します。

1.建物の貸付けの判定基準(形式基準)

 不動産の貸付けが事業と称するに足りる規模(事業的規模)で営まれているか否かのうち、建物の貸付けについては、所得税基本通達26-9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定)で次のように規定されています。

26-9 建物の貸付けが不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうかは、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で建物の貸付けを行っているかどうかにより判定すべきであるが、次に掲げる事実のいずれか一に該当する場合又は賃貸料の収入の状況、貸付資産の管理の状況等からみてこれらの場合に準ずる事情があると認められる場合には、特に反証がない限り、事業として行われているものとする。
(1) 貸間、アパート等については、貸与することができる独立した室数がおおむね10以上であること。
(2) 独立家屋の貸付けについては、おおむね5棟以上であること。


 これは、いわゆる5棟10室基準と呼ばれるもので、この形式基準を満たす場合は不動産の貸付けが事業として行われているものとされます。課税実務上比較的容易に認定し得る貸付の規模を明らかにしたものといえます。

 建物の貸付けについては、上記の所得税基本通達26-9に判定基準が定められていますが、土地の貸付けについては、所得税基本通達に定めがありません。
 しかし、土地の貸付けの判定基準についても、国税庁では下記のような取扱いを公表しています(審理専門官情報第23号 大阪国税局個人課税審理専門官 平成19年1月26日質疑事例0108-1)。

2.土地の貸付けの判定基準(形式基準)

 国税庁で公表されている質疑事例0108-1各種所得の区分と計算(事例1-8 土地を貸し付けている場合の事業的規模の判定)は次のとおりです。実務上はこれを参考にすることになります。

[質疑内容]
 土地の貸付けが不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうかの判定はどのように行うのか。
[回答]
 土地の貸付けが事業として行われているかどうかの判定は、次のように行われる。
① 土地の貸付けが不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうか は、第一義的には、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で土地の貸付けが行われているかどうかにより判定する。
② その判定が困難な場合は、所基通26-9に掲げる建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定の場合の形式基準(これに類する事情があると認められる場合を含む。)を参考として判定する。この場合、①貸室1室及び貸地1件当たりのそれぞれの平均的賃貸料の比、②貸室1室及び貸地1件当たりの維持・管理及び債権管理に関する役務提供の程度等を考慮し、地域の実情及び個々の実態に応じ、1室の貸付けに相当する土地の貸付件数を、「おおむね5」として判定する。
 なお、具体的な判定に当たっては、次の点にも留意する。
・同一の者(その者と生計を一にする親族を含む。以下同じ。)に対して駐車場を2以上貸し付けている場合は、「土地の貸付け1件」として判定する。
・同一の者に対して建物を貸し付けるとともに駐車場を貸し付けている場合(駐車場については2以上貸し付けているときを含む。)は、「建物の貸付け1件」として判定する。また、貸付物件が2以上の者の共有とされている場合等の判定については、共有持分であん分した室数又は棟数によるのではなく、実際の(全体の)室数又は棟数によることにも留意する。


 土地の事業的規模の判定は、1室の貸付けに相当する土地の契約件数をおおむね5件として判定します。
 例えば、貸室数が2室と貸地の契約件数が45件の場合、貸室2室+(貸地45件÷5=9)=11室≧10室となり、事業的規模と判定されます。
 貸家2棟と貸地の契約件数が45件の場合は、 5棟10室基準に満たないので事業的規模ではなく業務的規模と判定されます。

3.実質基準による判定

 不動産の貸付けが事業的規模であるか否かの判定は、形式的には上記のように行います。
 しかし、所得税基本通達26-9の冒頭にあるように、建物の貸付けが不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうかは、5棟10室という数値基準だけにとらわれず、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で貸付けを行っているかどうかという点(実質基準)からも判定されなければなりません。
 この点については、相続税の事例ではありますが、東京地裁平成7年6月30日判決が参考になります。
 この判決を要約すると、①不動産貸付けが事業といえるためには事業所得を生ずる事業と同程度の役務提供は要求されないこと、②専らその規模の大小(貸付件数)によってのみ事業性の判断がされるべきものとは解し得ないこと、③いわゆる5棟10室基準は一定以上の規模を有することを示す形式的な基準であってこの基準が必要条件ではないこと等の考えを裁判所は示しています。
 そのうえで、不動産貸付けが事業に当たるかどうかは、営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における事業遂行性の有無、その取引に費やした精神的肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点を総合して社会通念上事業といい得るかどうかによって判断すべきとしています。この考え方は、所得税基本通達26-9にも通ずるものといえます。
 形式基準を満たさなくても、実質基準により事業的規模と判定された裁決例もあります(昭和52年1月27日裁決)。詳しくは本ブログ記事「5棟10室未満でも不動産貸付が事業的規模とされた事例」をご参照ください。

5棟10室未満でも不動産貸付が事業的規模とされた事例

1.実質基準と形式基準

 所得税基本通達 26-9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定) によると、不動産の貸付けが事業的規模であるか否かの判定は、原則として、社会通念上事業と称する程度の規模で行われているかどうかにより判断しますが(実質基準)、次のいずれかに該当する場合は、特に反証がない限り、事業として行われているものとされます(形式基準)。

(1) 貸間、アパート等については、貸与することができる独立した室数がおおむね10以上であること
(2) 独立家屋の貸付けについては、おおむね5棟以上であること

 なお、実質基準として、賃貸料の収入の状況、貸付資産の管理の状況等からみて、上記の形式基準に準じる事情があると認められる場合には、事業的規模として取り扱われます。
 これは、いわゆる5棟10室基準を満たさなくても、賃貸収入が比較的多額で、かつ、不動産管理に係る役務の提供の事務量を相当要するような場合には、事実認定による判定も可能ということです。
 ところが、この実質基準での判定は、事業所得としての性質として掲げられる営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における事業遂行性の有無、その取引に費やした精神的肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点を総合して判断することになりますので、社会通念上事業といい得るためのハードルは高いといえます(平成19年12月4日裁決)。

 しかし、5棟10室基準を満たさなくても、実質基準により不動産の貸付けが事業的規模と判定された裁決事例(昭和52年1月27日裁決)があります。
 争点は、納税者(請求人)の不動産貸付は、不動産の貸付けの規模(貸家2件、貸地45件)及び貸付不動産の維持管理等の状況からみて、事業と称すべき規模に該当するか否かという点です。
 以下で、この裁決事例における納税者と原処分庁の主張、審判所の判断についてそれぞれみていきます。

2.昭和52年1月27日裁決

(1) 納税者の主張

① 請求人(納税者)は、不動産収入(地代45件、家賃2件)を得るために、賃貸料の算定、約定、更新等の折衝及び集金のほか、無断増改築、転貸、境界争い等の問題の処理等、貸付不動産の維持、管理に必要な業務を行っており、その業務は単なる付随業務ではなく、主業としての事業である。
② 請求人は地方公務員であるため、母が上記不動産業務のうち、日常業務を手伝っている。

(2) 原処分庁の主張

 不動産の貸付けが、不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうかのうち建物については、所得税基本通達26-9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定)に、おおむね5棟以上の貸付けを事業とする旨定めているが、土地の貸付けについては、所得税基本通達に定めがなく、また、地代収入は、いわゆる投資の回収である家賃収入とは異なるものである。
 請求人の場合、建物の貸付けは2棟であり、貸付土地の管理状況からみても、不動産の貸付けが事業として行われているものと認められない。

(3) 審判所の判断

 請求人の不動産貸付けが、所得税法第57条第1項に規定する不動産所得を生ずべき事業に当たるかどうかについては、その業務が社会通念上事業と称するに至る程度の規模、すなわち、賃貸料の収入状況、貸付不動産の管理状況等からみて、客観的に事業と認められる程度の規模かどうかによって判断するのが相当であるので、その実態について調査審理したところ、次のとおりである。

イ 貸付不動産である貸家2件及び貸地45件は、請求人の現住所と離れたB県内のC、D、E、Fの4区に散在しているので、近隣地の不動産貸付けとは、その実態を異にすると認められる。
ロ 当該不動産貸付けの業務の内容をみると、次のとおりである。
(イ) 貸付不動産の賃貸料については、その固定資産税、管理費、減価償却費等所要の経費を償ってなお相当の利益が生じる程度の金額によって契約し、固定資産税の評価額の改訂に伴い、賃貸料の値上交渉をして契約を改訂し、また、大半の貸付先について継続的に賃貸料の集金をしているなどの事実が認められる。
(ロ) 当該貸付不動産に係る名義書換及び契約更新の交渉、無断増改築及び転貸等の問題の処理、不払賃貸料の回収等には、永年の経験と知識が必要であると認められる。
(ハ) 請求人は、当該貸付不動産の維持、管理の状況を明らかにするため、毎月収支明細表を作成した上、資金の収支を具体的に整然、かつ、明瞭に記録して、財務的管理を行っている事実が認められる。

 以上の諸事実によれば、請求人の不動産貸付けは、社会通念上、不動産所得を生ずべき事業に当たると認めるのが相当であるとして、審判所は納税者の主張を認容しました。貸家等の件数が5棟10室基準を下回っていたとしても、貸付不動産の維持管理等の状況から事業性が認められた裁決事例となりました。

中古建物を非業務用から業務用に転用した場合の減価償却費の計算

 勤め先の転勤辞令により、それまで住んでいた自宅を賃貸に出すことがあります。この場合、賃貸人には不動産所得が生じることになりますが、不動産所得の計算上、賃貸している自宅の減価償却費は必要経費に算入することができます。
 今回は、自身の居住用(非業務用)から賃貸用(業務用)へ転用した場合の減価償却費の計算方法を確認しますが、その中でも複雑な計算を要する中古で取得した建物を非業務用から業務用に転用した場合を例に挙げます。

※ 新規取得資産のケースについては、本ブログ記事「自家用車を非業務用から業務用に転用した場合の減価償却費の計算」をご参照ください。

1.中古取得資産を業務用に転用した場合の減価償却費の計算

 中古で取得した建物を非業務用から業務用に転用した場合の減価償却費の計算には、2つのステップが必要です。次の設例により、計算方法を確認します。

【設例】
 2014(平成26)年1月10日に中古の建物(木造)を購入し居住の用に供していましたが、転勤のため、当該建物を2021(令和3)年4月1日から賃貸(住宅用)することにしました。この場合の2021(令和3)年分の減価償却費の計算はどうなりますか。

 ・中古の建物は、2007(平成19)年6月10日に新築されたものである。
 ・中古の建物の取得価額は2,000万円
 ・木造(住宅用)の法定耐用年数 22年

 

(1) 業務用に転用した日における未償却残高

① 非業務用期間中の耐用年数と償却率
法定耐用年数の1.5倍に相当する年数※1及び償却率※2を求めます。
 22年×1.5=33年→0.031
※1 1年未満の端数があるときは切り捨てます。
※2 償却率は、旧定額法の償却率を適用します(非業務用資産の減価の額の計算 は、2007(平成19)年4月1日以後に取得した資産であっても、旧定額法により計算することとなります)

② 非業務用期間中の減価の額
非業務用期間における減価の額を旧定額法で計算します。
2014(平成26)年1月10日から2021(令和3)年3月31日まで→7年2か月と22日→7年
 20,000,000円×0.9×0.031×7年=3,906,000円
※ 非業務用期間に係る年数に1年未満の端数があるときは、6月以上の端数は1年とし、6月に満たない端数は切り捨てます。

③ 業務用に転用した日における未償却残高
 20,000,000円-3,906,000円=16,094,000円

(2) 業務用に転用後の減価償却費の計算

① 業務用に転用後の耐用年数と償却率
業務用に転用後の耐用年数は、今後の使用可能期間の年数を合理的に見積もることができれば、その見積年数を耐用年数として計算しますが、今後の使用可能期間の年数を合理的に見積もることが困難な場合には、次のように簡便法により計算します。

イ.経過年数
2007(平成19)年6月10日から2014(平成26)年1月9日まで→6年7か月→79か月
※ 経過年数には、2014(平成26)年1月10日から2021(令和3)年3月31日までの期間(非業務用期間)は含めません。

ロ.転用後の耐用年数(簡便法による耐用年数)
(264か月(法定耐用年数22年)-79か月(経過年数))+79か月(経過年数)×0.2=200.8か月→16.7年→16年
※ 1年未満の端数の切捨ては、最後に行います。

ハ.転用後の償却率
16年→0.063
※ 2014(平成26)年1月10日取得のため定額法の償却率となります。

② 業務用に転用後の減価償却費
 20,000,000円×0.063×9/12=945,000円
なお、2021(令和3)年12月31日の未償却残高は次のとおりです。
 16,094,000円-945,000円=15,149,000円

2.中古取得資産を業務用に転用した場合の減価償却の注意点

(1) 中古住宅の築後経過年数を計算するときの「取得の日」は、売買契約の締結の日ではなく引渡しの日をいいます。

(2) すぐ貸せる状態の貸家について、未入居という理由で減価償却費を計上できないことはありません。貸家をいつでも入居できる状態に整備し、入居者募集の広告も出して入居者にいつでも引き渡せる状態であれば、その年中に結果として入居者がいなかったとしても、業務の用に供したとして減価償却費を計上することができます。

(3) 今回は中古で取得した住宅を例に減価償却費の計算方法を確認しましたが、例えば、自家用車(非業務用)を事業用(業務用)に転用した場合なども同様の計算となります。

相続により取得した賃貸用建物の減価償却等の注意点

 被相続人が生前に不動産賃貸業を営んでおり、相続人がその不動産賃貸業を引き継ぐ場合には、いくつかの点に注意しなければなりません。
 例えば、引き継いだ賃貸用建物の減価償却費を計上するとき、取得価額をどのように決定すればいいのかについては、時価、簿価、相続税評価額などが頭に浮かびますが、これらを取得価額とすることはできるのでしょうか?
 また、相続で取得した賃貸用建物は、ほとんどの場合は中古資産に該当しますので、減価償却費を計上するときの耐用年数を「中古資産の耐用年数」(耐用年数省令第3条第1項)の規定で計算した耐用年数とすることができるのでしょうか?
 今回は、相続により賃貸用建物を取得した場合の減価償却等の注意点について確認します。

1.相続で取得した建物の取得価額と耐用年数

 冒頭で述べたように、相続により取得した建物の取得価額をいくらにすればよいかについては、思いつくままに挙げると、時価、簿価、あるいは相続税評価額などがあります。これらは、相続で取得した場合の取得価額になり得るのでしょうか?

 答えは「否」です。相続等により取得した資産について、所得税法施行令第126条第2項(減価償却資産の取得価額)※1の規定では、所得税法第60条1項(贈与等により取得した資産の取得費等)※2に規定する相続等により取得した資産が減価償却資産である場合の取得価額は、その減価償却資産を取得した者が引き続き所有していたものとみなした場合におけるその減価償却資産の取得価額に相当する金額とすることとされています。
 したがって、相続により取得した建物の取得価額は、時価、簿価、相続税評価額などではなく、被相続人の取得価額を相続人が引き継ぐこととなります。

 また、相続により取得した建物の耐用年数は、「中古資産の耐用年数」の規定で計算した耐用年数とすることができるのでしょうか?

 答えは「否」です。 耐用年数省令第3条第1項 に定める「中古資産の耐用年数」とは、次の計算式で計算した年数のことをいいます(その年数が2年未満となるときは2年とし、その年数に1年未満の端数があるときは切り捨てます)。

(1) 法定耐用年数の一部を経過した資産
 耐用年数=法定耐用年数-経過年数×0.8
(2) 法定耐用年数の全部を経過した資産
 耐用年数=法定耐用年数×0.2

 上述したように、相続等により取得した減価償却資産については、その減価償却資産を取得した者が引き続き所有していたものとみなされますので、相続により取得した建物の耐用年数を「中古資産の耐用年数」の規定で計算した耐用年数とすることはできません

 以上から、相続( 限定承認に係るものを除く )により取得した建物については、被相続人から取得価額、耐用年数、経過年数及び未償却残高を引き継いで減価償却費を計算することになります。
 なお、建物については賃貸用建物という業務用資産を前提に述べてきましたが、非業務用資産であっても相続人から取得価額、耐用年数、経過年数及び未償却残高を引き継ぐ点は同じです。異なるのは、非業務用資産の減価償却費は、次のように計算する点です。

 取得価額×90%×法定耐用年数の1.5倍の年数に応ずる旧定額法の償却率×経過年数

(参考条文)
※1 所得税法施行令第126条第2項(減価償却資産の取得価額)では、次のように規定されています。

 法第60条第1項各号(贈与等により取得した資産の取得費等)に掲げる事由により取得した減価償却資産(法第40条第1項第1号(たな卸資産の贈与等の場合の総収入金額算入)の規定の適用があつたものを除く。)の前項に規定する取得価額は、当該減価償却資産を取得した者が引き続き所有していたものとみなした場合における当該減価償却資産のこの条及び次条第2項の規定による取得価額に相当する金額とする。

※2 所得税法第60条1項(贈与等により取得した資産の取得費等)では、次のように規定されています。

 居住者が次に掲げる事由により取得した前条第1項に規定する資産を譲渡した場合における事業所得の金額、山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その者が引き続きこれを所有していたものとみなす。
一 贈与、相続(限定承認に係るものを除く。)又は遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く。)

2.青色申告承認申請書の提出期限に注意

 被相続人の不動産賃貸業を相続人が引き継ぐにあたって注意しなければならないことは、青色申告承認申請書の提出期限です。相続により事業を承継した場合の提出期限は、以下のとおりです。

(1) 被相続人が青色申告をしていた場合
 ① 相続開始を知った日が1月1日~8月31日→相続開始日から4か月以内
 ② 相続開始を知った日が9月1日~10月31日→その年の12月31日
 ③ 相続開始を知った日が11月1日~12月31日→翌年2月15日
(2) 被相続人が白色申告をしていた場合
 ① 相続開始を知った日が1月1日~1月15日→相続した年の3月15日
 ② 相続開始を知った日が1月16日~12月31日→相続開始日から2か月以内

 相続により事業を承継した場合は、通常の提出期限と異なるケースもあります。青色申告承認申請書の提出はしているものの、期限に間に合っていない事例も見受けられますので、提出期限にはご注意ください。

3.遺産分割と所得の帰属に注意

 被相続人の不動産賃貸業を相続人が引き継ぐにあたって、もう一点注意しなければならないことがあります。それは、相続した賃貸物件から生じる所得の帰属です。
 結論だけ端的に述べると、遺産分割成立前の未分割の相続財産から生じた所得については、法定相続分に応じて各相続人に帰属することとなります。
 また、遺産分割成立後の相続財産から生じた所得については、実際にその相続財産を相続により取得した相続人に帰属することとなります。
 詳しくは、本ブログ記事「未分割の相続財産から生じた不動産所得の帰属は?」をご参照ください。
 

賃貸用マンションの修繕積立金は支払期日に必要経費算入可、意外な盲点は管理費の消費税の取扱い

 分譲マンションのオーナー(区分所有者)が、転勤等のため長期間自室を留守にする場合、賃貸に出して家賃収入を得ることがあります。
 賃貸に出した場合でも、修繕積立金と管理費をマンション管理組合に支払うのは、オーナーである区分所有者です(家賃に転嫁して賃借人の負担とするかどうかは別として)。
 今回は、修繕積立金を必要経費に算入する時期の確認と、意外な盲点である(間違った処理が多い)管理費の消費税の取扱いを確認します。

1.原則は修繕完了時に必要経費算入

 修繕積立金は、原則として、実際に修繕等が行われその修繕等が完了した日の属する年分の必要経費になります。
 修繕積立金は、マンションの共用部分について行う将来の大規模修繕等の費用の額に充てられるために長期間にわたって計画的に積み立てられるものであり、実際に修繕等が行われていない限りにおいては、具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していないことから、原則的には、管理組合への支払期日の属する年分の必要経費には算入されず(所得税基本通達37-2)、実際に修繕等が行われ、その費用の額に充てられた部分の金額について、その修繕等が完了した日の属する年分の必要経費に算入されることになります。

2.一定の場合は支払期日に必要経費算入可

 しかしながら、修繕積立金は区分所有者となった時点で、管理組合へ義務的に納付しなければならないものであるとともに、管理規約において、納入した修繕積立金は、管理組合が解散しない限り区分所有者へ返還しないこととしているのが一般的です(マンション標準管理規約(単棟型)(国土交通省)第60条第6項)。
 そこで、修繕積立金の支払がマンション標準管理規約に沿った適正な管理規約に従い、次の事実関係の下で行われている場合には、その修繕積立金について、その支払期日の属する年分の必要経費に算入しても差し支えないものとされています。

(1) 区分所有者となった者は、管理組合に対して修繕積立金の支払義務を負うことになること
(2) 管理組合は、支払を受けた修繕積立金について、区分所有者への返還義務を有しないこと
(3) 修繕積立金は、将来の修繕等のためにのみ使用され、他へ流用されるものでないこと
(4) 修繕積立金の額は、長期修繕計画に基づき各区分所有者の共有持分に応じて、合理的な方法により算出されていること

3.管理費の消費税課税区分は不課税!

 不動産所得の計算上、修繕積立金を必要経費に算入する時期については上記のとおりです。また、管理費については、支払期日に必要経費に算入することに関して疑義は生じません。
 しかし、マンション管理組合に支払う管理費の消費税課税区分には要注意です。支払った管理費の課税区分を「課税仕入」としているケースが多いのですが、これは間違いです。
 マンション管理組合は、その居住者である区分所有者を構成員とする組合であり、その組合員との間で行う取引は営業に該当しません。したがって、マンション管理組合に支払う管理費の消費税課税区分は「不課税(課税対象外)」となります。
 区分所有者が支払う管理費が、マンション管理組合を介して、マンションを管理する不動産業者に渡るとしても、現行の消費税法では不課税となります。

不動産賃貸における立退料の取扱い

1.借主が立退料をもらったとき

 事務所や住居などを借りている個人が、その事務所などを明渡して立退料を受け取った場合には、所得税法上の各種所得の金額の計算上収入金額になります。
 受け取った立退料は、その内容から次の3つに区分され、その取扱いは次のようになります。

内容 立退料の取扱い
家屋の明渡しによって消滅する権利の対価の額に相当する金額 譲渡所得の収入金額
立ち退きに伴って、その家屋で行っていた事業の休業等による収入金額又は必要経費を補填する金額 事業所得等の収入金額
上記に該当する部分を除いた金額 一時所得の収入金額

2.貸主が立退料を支払ったとき

 建物を賃貸している場合に、借家人に立ち退いてもらうため、立退料を支払うことがあります。このような立退料の取扱いは次のようになります。

内容 立退料の取扱い
賃貸している建物やその敷地を譲渡するために支払う立退料 譲渡所得の譲渡費用
土地、建物等を取得する際に、その土地、建物等を使用していた者に支払う立退料 土地、建物等の取得費又は取得価額
敷地のみを賃貸し、建物の所有者が借地人である場合に、借地人に立ち退いてもらうための立退料 土地の取得費(借地権の買い戻しの対価)
上記に該当しない立退料で、不動産所得の基因となっていた建物の賃借人を立ち退かせるために支払う立退料 不動産所得の必要経費

3.貸主が居住するために支払う立退料

 上記2で見たように、不動産所得の基因となっていた建物の賃借人を立ち退かせるために支払う立退料は、不動産所得の必要経費になります。
 では、次のような場合、立退料は不動産所得の必要経費になるのでしょうか?
 例えば、サラリーマンが転勤のためマイホームを賃貸していましたが、人事異動で再びマイホームに住む必要が生じたため、借家人に家屋の明渡しを求めて立退料を支払った場合です。
 このサラリーマンは、転勤の期間中、受領した家賃を不動産所得として年々確定申告をしていましたので、自己が居住するために支払う今回の立退料も必要経費にしたいところです。
 しかし、結論を先に述べると、自己が居住するために支払う立退料は不動産所得の必要経費にはなりません。
 所得税法の必要経費の理念は、「収入を得るために必要な経費」とされています。したがって、立退料を支払った場合には、その立退料が収入を得るために必要なものであるかどうかが必要経費か否かを判断する基準となります。
 今回のケースでは、賃貸していた家屋から発生した家賃収入は立退料を支払う以前のものであり、立退料を支払ったことにより発生したものではありません。よって、自己が居住するために支払う立退料は「収入を得るために必要な経費」に該当せず家事費となり、不動産所得の必要経費にはなりません。

不動産の貸付けでも事業所得となる場合

 不動産所得とは、不動産、不動産の上に存する権利、船舶又は航空機の貸付けによる所得をいいます。
 不動産の貸付けによる所得は、事業として行われている場合でも事業所得とはならずに不動産所得となります。
  一方で不動産の貸付けによる所得は、人的役務の提供が主になるものや事業に付随して行われるものについては、事業所得や雑所得に区分されるものもあります。
 不動産の貸付けから生じる所得で、その所得区分を迷いやすい例を以下に挙げます。

1.不動産所得となるもの

(1) アパート、賃貸マンション、貸家、駐車場などの家賃収入
(2) 地上権、借地権などの貸付け、設定による収入(借地権等の設定のうち、一定金額以上の権利金を収入し た場合は、譲渡所得となります)
(3) 総トン数20トン以上の船舶の貸付収入
(4) 広告等のため、土地、家屋の屋上や側面などを使用させる場合の賃貸収入

2.事業所得又は雑所得となるもの

(1) ホテル、賄いつき下宿、時間貸し駐車場や自転車預り業の収入(事業又は雑)
(2) 従業員宿舎の収入(事業)
(3) 総トン数20トン未満の船舶の貸付収入(事業又は雑)
(4) 浴場業、飲食業における広告の掲示による収入(事業)

賃貸期間の経過に応じて返還しないこととなる敷金

1.不動産所得の収入計上時期

 不動産を賃貸したことにより収受する地代・家賃、共益費などは、契約や慣習などにより支払日が定められている場合はその定められた支払日、支払日が定められていない場合は実際に支払を受けた日(ただし、請求があったときに支払うべきものと定められているものは、その請求の日)に不動産所得の収入金額に算入します。
 また、不動産を賃貸することにより一時に受け取る権利金や礼金は、貸し付ける資産の引渡しを必要とするものは引渡しのあった日、引渡しを必要としないものについては、契約の効力発生の日に収入金額に算入します。

 一方、敷金や保証金は本来は預り金ですから、受け取っても収入にはなりませんが、返還を要しないものは、返還を要しないことが確定した日にその金額を収入金額に算入する必要があります。

2.賃貸期間の経過に応じて返還しないこととなる敷金

 不動産の賃貸の際に収受する敷金や保証金は、原則として退去時に借主に返還しますので、不動産所得の計算上その預かった年分の収入金額には算入しません。
 しかし、敷金・保証金について、賃貸期間の経過に応じて返還しない金額が増加する定めとなっている場合は、その増加する部分の金額をそれぞれの年分の収入金額に算入する必要があります。
 以下の具体例で、収入金額に算入する部分の金額を確認します。

(1) 賃貸借契約の内容

 2019年(平成31年)3月6日に収受した敷金が400,000円で、敷金の返還条件が次の場合。

①1年以内に解約したときは、敷金の10%を返還しない
②2年以内に解約したときは、敷金の15%を返還しない
③2年を超えて解約したときは、敷金の20%を返還しない

(2) 収入金額に算入する部分の金額

①の場合
400,000円×10%(居住期間にかかわりなく返還しない割合を乗じます)=40,000円を、2019年(平成31年分)の収入金額に算入します。

②の場合
400,000円×(15%-10%)=20,000円を、2020年(平成32年分)の収入金額に算入します。

③の場合
400,000円×(20%-10%-5%)=20,000円を、2021年(平成33年分)の収入金額に算入します。

 不動産所得の計算をするときは、敷金のすべてを預り金として処理する前に、敷金の返還条件を契約書で確認しておく必要があります。

建物・土地の貸付けの事業的規模の判定と65万円控除

1.事業的規模か業務的規模か

(1) 形式基準(5棟10室)による判定

 不動産所得を生ずべき建物や土地の貸付けが「事業的規模」か「事業的規模に至らない(業務的規模)」かにより、事業専従者給与や青色申告特別控除等の取扱いが異なります。
 事業的規模の判定は、社会通念上事業と称する程度の規模で建物や土地の貸付けを行っているかどうかにより判断することとされていますが、次に該当する場合は、特に反証がない限り、事業として行われていると判断します(形式基準)。

① 建物の場合

イ.貸間、アパート(棟割長屋を含みます)については、独立した室数がおおむね10室以上であること

ロ.独立家屋(①は除きます)の貸付けについては、おおむね5棟以上であること

② 土地の場合

 土地、駐車場の契約件数が、おおむね50件以上であること(1室の貸付けに相当する土地の契約件数を、おおむね5件として判定します)

 例えば、貸室数が7室と貸地の契約件数が20件の場合は、建物と土地を別個に判定するのではなく、貸室7室+(貸地20件÷5件=4室)=11室として事業的規模と判定します。

(2) 実質基準による判定は難しい

 なお、実質基準として、賃貸料の収入の状況、貸付資産の管理の状況等からみて、上記の形式基準(いわゆる5棟10室基準)に準ずる事情があると認められる(賃貸収入が比較的多額、かつ、不動産管理の事務量を相当要する)場合は、原則として事業的規模と判定されます。
 しかし、実質基準での判定は、事業所得の性質として掲げられる営利性・有償性、反復・継続性、自己の危険と計算における事業遂行性、精神的・肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無などを総合的に判断することになり、非常に難しいといえます。

※ 実質基準により事業的規模と判定された事例については、本ブログ記事「5棟10室未満でも不動産貸付が事業的規模とされた事例」をご参照ください。

2.業務的規模の不動産所得でも65万円控除できる?!

 上記のように、一般的には不動産所得の規模は形式基準によって判定します。その結果、事業的規模に至らない業務的規模と判定された不動産所得は、最高10万円の青色申告特別控除しか受けることができません(措法25の2①)。 

 しかし、業務的規模の不動産所得でも65万円の青色申告特別控除を受けられる場合があります。

 以前の記事で紹介したように、65万円の青色申告特別控除の要件に、「事業的規模の不動産所得又は事業所得を生ずべき事業を営む者であること」という項目があります(65万円の青色申告特別控除の要件については、本ブログ記事「青色申告特別控除と青色申告承認申請書の提出期限の注意点」を参照)。
 これは、不動産所得が事業的規模でない場合であっても、65万円控除の要件を具備する事業所得がある場合には、65万円の青色申告特別控除を適用することができることを意味します(措法25の2③)
 したがって、例えば事業所得が赤字で、不動産所得が事業として行われていない場合でも、不動産所得から65万円の特別控除ができます。