5棟10室未満でも不動産貸付が事業的規模とされた事例

1.実質基準と形式基準

 所得税基本通達 26-9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定) によると、不動産の貸付けが事業的規模であるか否かの判定は、原則として、社会通念上事業と称する程度の規模で行われているかどうかにより判断しますが(実質基準)、次のいずれかに該当する場合は、特に反証がない限り、事業として行われているものとされます(形式基準)。

(1) 貸間、アパート等については、貸与することができる独立した室数がおおむね10以上であること
(2) 独立家屋の貸付けについては、おおむね5棟以上であること

 なお、実質基準として、賃貸料の収入の状況、貸付資産の管理の状況等からみて、上記の形式基準に準じる事情があると認められる場合には、事業的規模として取り扱われます。
 これは、いわゆる5棟10室基準を満たさなくても、賃貸収入が比較的多額で、かつ、不動産管理に係る役務の提供の事務量を相当要するような場合には、事実認定による判定も可能ということです。
 ところが、この実質基準での判定は、事業所得としての性質として掲げられる営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における事業遂行性の有無、その取引に費やした精神的肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点を総合して判断することになりますので、社会通念上事業といい得るためのハードルは高いといえます(平成19年12月4日裁決)。

 しかし、5棟10室基準を満たさなくても、実質基準により不動産の貸付けが事業的規模と判定された裁決事例(昭和52年1月27日裁決)があります。
 争点は、納税者(請求人)の不動産貸付は、不動産の貸付けの規模(貸家2件、貸地45件)及び貸付不動産の維持管理等の状況からみて、事業と称すべき規模に該当するか否かという点です。
 以下で、この裁決事例における納税者と原処分庁の主張、審判所の判断についてそれぞれみていきます。

2.昭和52年1月27日裁決

(1) 納税者の主張

① 請求人(納税者)は、不動産収入(地代45件、家賃2件)を得るために、賃貸料の算定、約定、更新等の折衝及び集金のほか、無断増改築、転貸、境界争い等の問題の処理等、貸付不動産の維持、管理に必要な業務を行っており、その業務は単なる付随業務ではなく、主業としての事業である。
② 請求人は地方公務員であるため、母が上記不動産業務のうち、日常業務を手伝っている。

(2) 原処分庁の主張

 不動産の貸付けが、不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうかのうち建物については、所得税基本通達26-9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定)に、おおむね5棟以上の貸付けを事業とする旨定めているが、土地の貸付けについては、所得税基本通達に定めがなく、また、地代収入は、いわゆる投資の回収である家賃収入とは異なるものである。
 請求人の場合、建物の貸付けは2棟であり、貸付土地の管理状況からみても、不動産の貸付けが事業として行われているものと認められない。

(3) 審判所の判断

 請求人の不動産貸付けが、所得税法第57条第1項に規定する不動産所得を生ずべき事業に当たるかどうかについては、その業務が社会通念上事業と称するに至る程度の規模、すなわち、賃貸料の収入状況、貸付不動産の管理状況等からみて、客観的に事業と認められる程度の規模かどうかによって判断するのが相当であるので、その実態について調査審理したところ、次のとおりである。

イ 貸付不動産である貸家2件及び貸地45件は、請求人の現住所と離れたB県内のC、D、E、Fの4区に散在しているので、近隣地の不動産貸付けとは、その実態を異にすると認められる。
ロ 当該不動産貸付けの業務の内容をみると、次のとおりである。
(イ) 貸付不動産の賃貸料については、その固定資産税、管理費、減価償却費等所要の経費を償ってなお相当の利益が生じる程度の金額によって契約し、固定資産税の評価額の改訂に伴い、賃貸料の値上交渉をして契約を改訂し、また、大半の貸付先について継続的に賃貸料の集金をしているなどの事実が認められる。
(ロ) 当該貸付不動産に係る名義書換及び契約更新の交渉、無断増改築及び転貸等の問題の処理、不払賃貸料の回収等には、永年の経験と知識が必要であると認められる。
(ハ) 請求人は、当該貸付不動産の維持、管理の状況を明らかにするため、毎月収支明細表を作成した上、資金の収支を具体的に整然、かつ、明瞭に記録して、財務的管理を行っている事実が認められる。

 以上の諸事実によれば、請求人の不動産貸付けは、社会通念上、不動産所得を生ずべき事業に当たると認めるのが相当であるとして、審判所は納税者の主張を認容しました。貸家等の件数が5棟10室基準を下回っていたとしても、貸付不動産の維持管理等の状況から事業性が認められた裁決事例となりました。

株主優待券の所得税の課税関係

 株式を保有する人は、株式の値上がりによる売却益を期待したり、配当を受け取ったりすること以外に、株主の特典である株主優待を受けることができます。中には、株主優待で生活をしている人もいるそうですが、株主が受け取る株主優待券に所得税はかからないのでしょうか?
 今回は、株主優待券の課税関係について確認します。

1.配当所得に株主優待券は含まれる?

 配当所得とは、以下に掲げるように、株主や出資者が法人から受ける剰余金の配当、利益の配当、剰余金の分配、投資信託及び投資法人に関する法律第137条の金銭の分配、基金利息並びに投資信託及び特定受益証券発行信託の収益の分配に係る所得をいいます(所得税法第24条第1項)。

① 法人から受ける剰余金の配当(例:決算配当、中間配当金)
② 法人から受ける利益の配当(例:決算配当、中間配当金)
③ 剰余金の分配(例:農業協同組合等から受ける出資に対する剰余金の配当金)
④ 投資法人から受ける金銭の分配
⑤ 基金利息(例:相互保険会社の基金に対する利息)
⑥ 投資信託の収益の分配(公社債投資信託及び公募公社債等運用投資信託を除く)
⑦ 特定受益証券発行信託の収益の分配

 また、配当所得については、所得税基本通達24-1(剰余金の配当、利益の配当又は剰余金の分配に含まれるもの)において、次のように規定されています。

24-1 法第24条第1項に規定する「剰余金の配当」、「利益の配当」及び「剰余金の分配」には、剰余金又は利益の処分により配当又は分配をしたものだけでなく、法人が株主等に対しその株主等である地位に基づいて供与した経済的な利益が含まれる。

 ここで気になるのは、この基本通達の「その株主等である地位に基づいて供与した経済的な利益」という部分です。この部分の文言からすぐに思い起こされるのは株主優待券ですが、株主優待券も配当所得に含まれるのでしょうか?

 これに関しては、所得税基本通達24-2(配当等に含まれないもの)で、次のように規定されています。

24-2 法人が株主等に対してその株主等である地位に基づいて供与した経済的な利益であっても、法人の利益の有無にかかわらず供与することとしている次に掲げるようなもの(これらのものに代えて他の物品又は金銭の交付を受けることができることとなっている場合における当該物品又は金銭を含む。)は、法人が剰余金又は利益の処分として取り扱わない限り、配当等(法第24条第1項に規定する配当等をいう。以下同じ。)には含まれないものとする。

(1) 旅客運送業を営む法人が自己の交通機関を利用させるために交付する株主優待乗車券等
(2) 映画、演劇等の興行業を営む法人が自己の興行場等において上映する映画の鑑賞等をさせるために交付する株主優待入場券等
(3) ホテル、旅館業等を営む法人が自己の施設を利用させるために交付する株主優待施設利用券等
(4) 法人が自己の製品等の値引販売を行うことにより供与する利益
(5) 法人が創業記念、増資記念等に際して交付する記念品


 基本通達24-2において、 法人の利益の有無にかかわらず供与される株主優待券は、配当所得に含まれないことが明記されています。配当所得に含まれないのであれば、確定申告は不要でしょうか?

2.株主優待券は雑所得

 上記基本通達24-2には、次のような注意書きがあります。

(注) 上記に掲げる配当等に含まれない経済的な利益で個人である株主等が受けるものは、法第35条第1項《雑所得》に規定する雑所得に該当し、配当控除の対象とはならない。

 つまり、株主優待券は配当所得ではありませんが、雑所得に該当するということです。したがって、原則として確定申告が必要ですが、確定申告が不要の場合もあります。確定申告不要制度については、本ブログ記事「給与所得者と公的年金等受給者の確定申告不要制度の注意点」をご参照ください。




弁護士が従事する無料法律相談の日当の所得区分は?

1.事業所得か給与所得か

 所得税では、所得が10種類(利子所得・配当所得・不動産所得・事業所得・給与所得・退職所得・山林所得・譲渡所得・一時所得・雑所得)に区分されています。これら10種類の所得の中には、どの所得に該当するかの判断が実務上難しく、容易に判断がつかないものもあります。
 この所得区分が争われた例として、京都地裁平成20年10月21日判決(税務訴訟資料 第258号-197(順号11055))があります(参考:国税庁ホームページ税務訴訟資料)。
 これは、弁護士である原告が、同人の所属するA弁護士会法律相談センターの行う無料法律相談業務に従事した対価としてA弁護士会から支給された日当を給与所得として確定申告したところ、これを事業所得であるとして右京税務署長(被告)から更正処分を受けたため、その取消しを求めた事案です。
 争点は、本件日当が事業所得に当たるか給与所得に当たるかですが、結論を先に述べると、本件日当は事業所得に該当すると判断されました。
 以下では、被告の主張、原告の主張、裁判所の判断を見ていきます。

2.京都地裁平成20年10月21日判決

(1) 原処分庁(被告)の主張

ア 原告は、直接的にはA弁護士会法律相談センター規程(以下「本件規程」という)に基づく法律相談センターの指定により本件相談業務に従事したものであるが、本件規程はA弁護士会の総会により改廃できるものであり、原告はA弁護士会の会員として本件規程の適用を受けるものであるから、原告は、雇用契約又はこれに類する関係に基づき労務を提供したものではない。

イ 本件規程が定める法律相談に当たっての遵守事項は、一般的な指導監督にすぎず、A弁護士会は、原告に対し、法律相談の内容については何ら指揮命令をしていない。
 また、指定された相談担当日に差支えを生じた場合には交代も可能であり、原告が本件相談業務に従事する際にA弁護士会から受けている空間的、場所的拘束は極めて希薄である。
 したがって、原告は、A弁護士会の指揮命令に従って労務を提供したとはいえない。

ウ 原告は、弁護士としての公益的使命の実現のため、弁護士法並びにこれを受けて定められたA弁護士会会則(以下「本件会則」という)及び本件規程の規定に基づき本件相談業務に従事して、本件日当の支給を受けたものであるから、本件相談業務は、原告の計算と危険において独立して営まれたものであり、本件日当は、事業所得に当たる。

(2) 納税者(原告)の主張

ア 原告が、法律相談名簿への登載を受けた上で法律相談を担当することは、強制加入団体であるA弁護士会の本件会則上の義務として定められており、原告には、原則として諾否の自由はない。
 そして、原告は、本件相談業務に従事するに当たり、A弁護士会から特定の場所・日時を指定され、京都府及び京都市の職員がその設備を用いて運営する会場において、本件規程に定められた遵守事項に従いつつ、1件当たり20分で法律相談に応じることが求められており、その対価として支給される日当は、相談件数にかかわらず、定額である。
 したがって、本件日当は、A弁護士会又は京都府及び京都市から空間的、時間的な拘束を受け、その指揮命令の下に提供した労務の対価として支給されたものというべきである。

イ 所得税基本通達28-9の2(医師又は歯科医師が支給を受ける休日、夜間診療の委嘱料)は、医師又は歯科医師が、地方公共団体等の開設する救急センター、病院等において休日、祭日又は夜間に診療等を行うことにより地方公共団体等から支給を受ける委嘱料等は、給与等に該当するとしている。
 本件日当は、上記の委嘱料等と構造が類似する

ウ 財団法人Bの全国の支部においては、法律相談日当について、給与所得として源泉徴収がされている。

エ したがって、本件日当は、給与所得に当たる。

(3) 裁判所の判断

① 本件日当は、A弁護士会の会員である原告が、同会の会員らの総意により、弁護士の使命を達成するための公益的活動の一環である無料法律相談活動を行うための規律として自治的に定められた本件規程の規定に従い、無料法律相談業務に従事した対価として、A弁護士会から原告に対し支給されたものであると認められるから、その給付の原因であるA弁護士会と原告との間の法律関係は、雇用契約又はこれに類する支配従属関係ではないことが明らかである。
 したがって、本件日当は、「雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付」に当たらないというべきである。

② 地方公共団体等の開設する休日急病診療所等において休日診療等を担当した医師等に対する報酬の支払者とその支払を受ける診療担当医師等との間の法律関係及び財団法人Bにおいて交通相談業務を担当した弁護士に対する日当の支払者である同財団法人と相談担当弁護士との間の法律関係は、本件相談業務に関する原告とA弁護士会との間の法律関係と異なり、会員間の自治的な取り決めに基礎をおくものであるとは認められないから、これらの報酬又は日当と比較して本件日当の性格を論ずることは、その前提を欠き失当である。

③ 以上によれば、本件日当は、給与所得には当たらず、弁護士がその計算と危険において独立して行う業務から生じた所得であって、・・・事業所得に当たるというべきである。

(4) 論点整理

 事業所得と給与所得の区分については、最高裁が「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し、給与所得とは雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」と判示しています(最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁)。

 原告は、この最高裁判決における「空間的、時間的な拘束」を論拠として本件日当を給与所得であると主張しました。
 これに対し裁判所は、弁護士会会則に基づく法律相談等への従事義務は雇用契約又はこれに類する支配従属関係ではないとして、原告の主張を認めませんでした。「空間的、時間的な拘束」の前提である「雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」に該当するかどうかの検討が必要であったと思われます。
 また、「空間的、時間的な拘束」については、控訴審(大阪高裁平成21年4月22日判決)において、「無料法律相談の執行方法や態様の決定、対価額の決定については、その主催者等が一定の枠組みを設ける必要があるため、担当弁護士の随意が制限されていることは間違いないけれども、自治体が住民に無料法律相談サービスを提供するには、相談の日時、場所、時間、相談内容の範囲等の大枠を設けることは不可欠であり、この枠踏みに従って担当弁護士が執務すべきことは当然のことであるから、この枠組みが設定されていることが、無料法律相談所で弁護士の行う法律相談業務の事業性を損なうものとはいえない。」と補足しています。
 
 原告の主張のもう一つの論拠は、 所得税基本通達28-9の2(医師又は歯科医師が支給を受ける休日、夜間診療の委嘱料) の取扱いが本件日当についても類似例として当てはまる、というものでした。
 これに対し裁判所は、休日診療等に対する報酬の支払者とその支払いを受ける医師等との間の法律関係は、本件相談業務に関する原告と弁護士会との間の法律関係とは異なるとして、 原告の主張を認めませんでした。
 裁判所が認定した事実を基に、弁護士会の法律相談センターにおける弁護士の法律相談と、地方公共団体等の開設する休日診療所等における医師等の休日診療等の法律関係を比較すると、次のようになります。

 原告が類似例として主張の論拠とした所得税基本通達28-9の2(医師又は歯科医師が支給を受ける休日、夜間診療の委嘱料等)には、次のように給与所得に当たるものが例示されています。

28-9の2 医師又は歯科医師が、地方公共団体等の開設する救急センター、病院等において休日、祭日又は夜間に診療等を行うことにより地方公共団体等から支給を受ける委嘱料等は、給与等に該当する。(昭55直所3-19、直法6-8追加)

 医師又は歯科医師が、 地方公共団体等の開設する救急センター 等において行う休日診療等には、以下の特徴があります。

① これらの救急センター等備付けの人的、物的施設を使用する。
② 救急センター等の医薬品を投与する。
③ 当該診療等に係る報酬は当該救急センター等に帰属する。
④ 当該診療等に従事する医師又は歯科医師には、当該救急センター等から一定の報酬が支給されることが多い。
⑤ 派遣契約においては、被派遣者は派遣先の指揮命令に服することとなる。

 上記通達は、このような休日、夜間診療等の委嘱料の実態を前提に、当該委嘱料は給与所得に該当することを明らかにしています。
 本件における原告の主張には、弁護士会の無料法律相談と医師等の休日診療等との異同につき、従事者と主催団体との法律関係など業務の具体的態様に対する検討が必要であったと思われます。

※ 参考:本ブログ記事「外注費か給与か・・・国税庁の判断基準

所得税の修正申告をした場合の予定納税

1.所得税の予定納税とは?

 その年の5月15日現在において確定している前年分の所得金額や税額などを基に計算した金額(予定納税基準額)が15万円以上である場合、その年の所得税及び復興特別所得税の一部をあらかじめ納付するという制度があります。この制度を予定納税といいます。
 予定納税は、予定納税基準額の3分の1の金額を、第1期分として7月1日から7月31日までに、第2期分として11月1日から11月30日までに納めることになっています(特別農業所得者以外)。
 例えば、予定納税基準額が15万円の場合は、第1期分5万円を7月31日までに、第2期分5万円を11月30日までに納付しなければなりません。予定納税基準額が15万円未満の場合は、予定納税の必要はありません。
 なお、予定納税額は、所轄の税務署長から、原則としてその年の6月15日までに書面で通知されます。

2.修正申告により予定納税基準額が15万円以上になった場合は?

 当初の確定申告では、予定納税基準額が15万円未満だったために予定納税の必要が無かったところ、その後に修正申告をしたために予定納税基準額が15万円以上になったとします。この場合は、新たに予定納税をする必要があるのでしょうか?
 例えば、その年の9月に修正申告をした結果、予定納税基準額が15万円になったとします。この場合、第1期分5万円の納期限は過ぎていますので、第1期分と第2期分の合計額10万円を第2期分の納期限である11月30日までに納付するのでしょうか?
 それとも、第1期分を無視して第2期分5万円だけを11月30日までに納付するのでしょうか?
 また、その年の12月に修正申告をして予定納税基準額が15万円以上になった場合は、すでに第1期分と第2期分の納期限が過ぎていますので、予定納税は修正申告後に速やかに行うのでしょうか?

 答えは「その年の5月15日後(5月16日以後)に行った修正申告により予定納税基準額が15万円以上になったとしても、予定納税の必要はない」ということです。

 冒頭で述べたように、 その年の5月15日現在において確定している前年分の所得金額や税額などを基に計算した金額(予定納税基準額)が15万円以上である場合に、予定納税が必要です。
 国税庁ホームページ法令解釈通達105-1では、予定納税基準額の計算の基準日について、次のように定めています。

105-1 所得税法第105条に規定する「その年5月15日において確定しているところ」とは、確定申告若しくは修正申告又は更正若しくは決定等の処分によりその年5月15日において定まっているところをいうのであるから、確定申告に対して更正の請求がされ、又は更正若しくは決定等の処分に対して再調査の請求若しくは審査請求等がされている場合においても、その判定をすべき日までにあった確定申告若しくは修正申告又は更正若しくは決定等のうち、最終のものにより定まっているところによるべきことに留意する。

 つまり、その年の5月15日までに行った修正申告については予定納税基準額の計算に反映されますが、5月15日を過ぎて行った修正申告については予定納税基準額の計算に 反映されないということです。

中古建物を非業務用から業務用に転用した場合の減価償却費の計算

 勤め先の転勤辞令により、それまで住んでいた自宅を賃貸に出すことがあります。この場合、賃貸人には不動産所得が生じることになりますが、不動産所得の計算上、賃貸している自宅の減価償却費は必要経費に算入することができます。
 今回は、自身の居住用(非業務用)から賃貸用(業務用)へ転用した場合の減価償却費の計算方法を確認しますが、その中でも複雑な計算を要する中古で取得した建物を非業務用から業務用に転用した場合を例に挙げます。

※ 新規取得資産のケースについては、本ブログ記事「自家用車を非業務用から業務用に転用した場合の減価償却費の計算」をご参照ください。

1.中古取得資産を業務用に転用した場合の減価償却費の計算

 中古で取得した建物を非業務用から業務用に転用した場合の減価償却費の計算には、2つのステップが必要です。次の設例により、計算方法を確認します。

【設例】
 2014(平成26)年1月10日に中古の建物(木造)を購入し居住の用に供していましたが、転勤のため、当該建物を2021(令和3)年4月1日から賃貸(住宅用)することにしました。この場合の2021(令和3)年分の減価償却費の計算はどうなりますか。

 ・中古の建物は、2007(平成19)年6月10日に新築されたものである。
 ・中古の建物の取得価額は2,000万円
 ・木造(住宅用)の法定耐用年数 22年

 

(1) 業務用に転用した日における未償却残高

① 非業務用期間中の耐用年数と償却率
法定耐用年数の1.5倍に相当する年数※1及び償却率※2を求めます。
 22年×1.5=33年→0.031
※1 1年未満の端数があるときは切り捨てます。
※2 償却率は、旧定額法の償却率を適用します(非業務用資産の減価の額の計算 は、2007(平成19)年4月1日以後に取得した資産であっても、旧定額法により計算することとなります)

② 非業務用期間中の減価の額
非業務用期間における減価の額を旧定額法で計算します。
2014(平成26)年1月10日から2021(令和3)年3月31日まで→7年2か月と22日→7年
 20,000,000円×0.9×0.031×7年=3,906,000円
※ 非業務用期間に係る年数に1年未満の端数があるときは、6月以上の端数は1年とし、6月に満たない端数は切り捨てます。

③ 業務用に転用した日における未償却残高
 20,000,000円-3,906,000円=16,094,000円

(2) 業務用に転用後の減価償却費の計算

① 業務用に転用後の耐用年数と償却率
業務用に転用後の耐用年数は、今後の使用可能期間の年数を合理的に見積もることができれば、その見積年数を耐用年数として計算しますが、今後の使用可能期間の年数を合理的に見積もることが困難な場合には、次のように簡便法により計算します。

イ.経過年数
2007(平成19)年6月10日から2014(平成26)年1月9日まで→6年7か月→79か月
※ 経過年数には、2014(平成26)年1月10日から2021(令和3)年3月31日までの期間(非業務用期間)は含めません。

ロ.転用後の耐用年数(簡便法による耐用年数)
(264か月(法定耐用年数22年)-79か月(経過年数))+79か月(経過年数)×0.2=200.8か月→16.7年→16年
※ 1年未満の端数の切捨ては、最後に行います。

ハ.転用後の償却率
16年→0.063
※ 2014(平成26)年1月10日取得のため定額法の償却率となります。

② 業務用に転用後の減価償却費
 20,000,000円×0.063×9/12=945,000円
なお、2021(令和3)年12月31日の未償却残高は次のとおりです。
 16,094,000円-945,000円=15,149,000円

2.中古取得資産を業務用に転用した場合の減価償却の注意点

(1) 中古住宅の築後経過年数を計算するときの「取得の日」は、売買契約の締結の日ではなく引渡しの日をいいます。

(2) すぐ貸せる状態の貸家について、未入居という理由で減価償却費を計上できないことはありません。貸家をいつでも入居できる状態に整備し、入居者募集の広告も出して入居者にいつでも引き渡せる状態であれば、その年中に結果として入居者がいなかったとしても、業務の用に供したとして減価償却費を計上することができます。

(3) 今回は中古で取得した住宅を例に減価償却費の計算方法を確認しましたが、例えば、自家用車(非業務用)を事業用(業務用)に転用した場合なども同様の計算となります。

築年数20年超の中古住宅は耐震基準適合証明書でローン控除を受ける

 住宅借入金等特別控除(いわゆる住宅ローン控除)は、中古住宅の購入でも適用があります。しかし、築年数が20年(マンションなどの耐火建築物の建物の場合には25年)を超えているという理由で、住宅ローン控除の適用をあきらめる人もいます。
 築年数が20年を超えていても住宅ローン控除の適用を受ける方法はあり、その一つが耐震基準適合証明書を取得するというものです。
 耐震基準適合証明書を取得するメリットは住宅ローン控除だけではなく、登録免許税や不動産取得税、地震保険料などが安くなる等のメリットもありますので、耐震基準適合証明書の取得を検討する価値はあると思います。
 以下では、耐震基準適合証明書を取得して住宅ローン控除を受ける手続きについて確認します。

1.手続きの流れ

 耐震基準適合証明書とは、建物の耐震性が基準を満たすことを建築士等が証明する書類です。築年数が20年を超えている中古住宅について住宅ローン控除の適用を受けるにあたっては、この耐震基準適合証明書を取得するタイミングを間違うと住宅ローン控除を受けることができなくなりますので、注意しなければなりません。
 築年数20年超の木造一戸建ての場合、耐震基準適合証明書の取得には耐震改修工事が必要になる可能性が高いので、上図の手続きの流れA又はBになるものと思われます。
 以下、手続きの流れを説明します。

【手続きの流れA】
① 現行の耐震基準に適合しない中古住宅の売買契約を締結します。
② 当該中古住宅について、建築士、指定確認検査機関、登録住宅性能評価機関等に対して、耐震基準適合証明の仮申請(耐震改修工事を行う事業者が確定していない等の理由により、所有権移転登記までに申請が困難な場合)をします。
③ 仮申請をした後、当該中古住宅の所有権移転登記をします。
④ 当該家屋の耐震改修工事を行います。
⑤ 耐震改修工事が完了した当該家屋が現行の耐震基準に適合することについて、居住の用に供する日までに、耐震基準適合証明書の発行により証明を受けます。
⑥ 実際に当該中古住宅の引渡しを受けて居住開始した後に、住民票を移します

【手続きの流れB】
① 現行の耐震基準に適合しない中古住宅の売買契約を締結します。
所有権移転登記の前に耐震改修工事が可能な場合は、当該家屋の耐震改修工事を行います。
③ 耐震改修工事が完了した当該家屋について、建築士、指定確認検査機関、登録住宅性能評価機関等に対して、耐震基準適合証明の申請 をします。
④ 当該家屋が現行の耐震基準に適合することについて、所有権移転登記の前に、耐震基準適合証明書の発行により証明を受けます。
⑤ 当該中古住宅の所有権移転登記をします。
⑥ 実際に当該中古住宅の引渡しを受けて居住開始した後に、住民票を移します

 手続きの流れAにおいてもBにおいても、重要なことは、必ず所有権移転登記の前に耐震基準適合証明の申請又は仮申請を行うということです。所有権移転登記の後で申請又は仮申請を行っても、住宅ローン控除の適用を受けることはできませんのでご注意ください。
 また、住民票の移動は、実際に物件の引渡しを受けて居住開始した後に行ってください。

2.令和3年11月末までの契約が必要

 築年数20年超の中古住宅を購入した場合の住宅ローン控除を受けるための手続きは以上ですが、2021(令和3)年分の所得税で中古住宅のローン控除を受けるためには、2021(令和3)年11月末までに売買契約を締結する必要があります。詳細は、本ブログ記事「住宅借入金等特別控除の適用要件等の見直し」をご参照ください。

相続により取得した賃貸用建物の減価償却等の注意点

 被相続人が生前に不動産賃貸業を営んでおり、相続人がその不動産賃貸業を引き継ぐ場合には、いくつかの点に注意しなければなりません。
 例えば、引き継いだ賃貸用建物の減価償却費を計上するとき、取得価額をどのように決定すればいいのかについては、時価、簿価、相続税評価額などが頭に浮かびますが、これらを取得価額とすることはできるのでしょうか?
 また、相続で取得した賃貸用建物は、ほとんどの場合は中古資産に該当しますので、減価償却費を計上するときの耐用年数を「中古資産の耐用年数」(耐用年数省令第3条第1項)の規定で計算した耐用年数とすることができるのでしょうか?
 今回は、相続により賃貸用建物を取得した場合の減価償却等の注意点について確認します。

1.相続で取得した建物の取得価額と耐用年数

 冒頭で述べたように、相続により取得した建物の取得価額をいくらにすればよいかについては、思いつくままに挙げると、時価、簿価、あるいは相続税評価額などがあります。これらは、相続で取得した場合の取得価額になり得るのでしょうか?

 答えは「否」です。相続等により取得した資産について、所得税法施行令第126条第2項(減価償却資産の取得価額)※1の規定では、所得税法第60条1項(贈与等により取得した資産の取得費等)※2に規定する相続等により取得した資産が減価償却資産である場合の取得価額は、その減価償却資産を取得した者が引き続き所有していたものとみなした場合におけるその減価償却資産の取得価額に相当する金額とすることとされています。
 したがって、相続により取得した建物の取得価額は、時価、簿価、相続税評価額などではなく、被相続人の取得価額を相続人が引き継ぐこととなります。

 また、相続により取得した建物の耐用年数は、「中古資産の耐用年数」の規定で計算した耐用年数とすることができるのでしょうか?

 答えは「否」です。 耐用年数省令第3条第1項 に定める「中古資産の耐用年数」とは、次の計算式で計算した年数のことをいいます(その年数が2年未満となるときは2年とし、その年数に1年未満の端数があるときは切り捨てます)。

(1) 法定耐用年数の一部を経過した資産
 耐用年数=法定耐用年数-経過年数×0.8
(2) 法定耐用年数の全部を経過した資産
 耐用年数=法定耐用年数×0.2

 上述したように、相続等により取得した減価償却資産については、その減価償却資産を取得した者が引き続き所有していたものとみなされますので、相続により取得した建物の耐用年数を「中古資産の耐用年数」の規定で計算した耐用年数とすることはできません

 以上から、相続( 限定承認に係るものを除く )により取得した建物については、被相続人から取得価額、耐用年数、経過年数及び未償却残高を引き継いで減価償却費を計算することになります。
 なお、建物については賃貸用建物という業務用資産を前提に述べてきましたが、非業務用資産であっても相続人から取得価額、耐用年数、経過年数及び未償却残高を引き継ぐ点は同じです。異なるのは、非業務用資産の減価償却費は、次のように計算する点です。

 取得価額×90%×法定耐用年数の1.5倍の年数に応ずる旧定額法の償却率×経過年数

(参考条文)
※1 所得税法施行令第126条第2項(減価償却資産の取得価額)では、次のように規定されています。

 法第60条第1項各号(贈与等により取得した資産の取得費等)に掲げる事由により取得した減価償却資産(法第40条第1項第1号(たな卸資産の贈与等の場合の総収入金額算入)の規定の適用があつたものを除く。)の前項に規定する取得価額は、当該減価償却資産を取得した者が引き続き所有していたものとみなした場合における当該減価償却資産のこの条及び次条第2項の規定による取得価額に相当する金額とする。

※2 所得税法第60条1項(贈与等により取得した資産の取得費等)では、次のように規定されています。

 居住者が次に掲げる事由により取得した前条第1項に規定する資産を譲渡した場合における事業所得の金額、山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その者が引き続きこれを所有していたものとみなす。
一 贈与、相続(限定承認に係るものを除く。)又は遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く。)

2.青色申告承認申請書の提出期限に注意

 被相続人の不動産賃貸業を相続人が引き継ぐにあたって注意しなければならないことは、青色申告承認申請書の提出期限です。相続により事業を承継した場合の提出期限は、以下のとおりです。

(1) 被相続人が青色申告をしていた場合
 ① 相続開始を知った日が1月1日~8月31日→相続開始日から4か月以内
 ② 相続開始を知った日が9月1日~10月31日→その年の12月31日
 ③ 相続開始を知った日が11月1日~12月31日→翌年2月15日
(2) 被相続人が白色申告をしていた場合
 ① 相続開始を知った日が1月1日~1月15日→相続した年の3月15日
 ② 相続開始を知った日が1月16日~12月31日→相続開始日から2か月以内

 相続により事業を承継した場合は、通常の提出期限と異なるケースもあります。青色申告承認申請書の提出はしているものの、期限に間に合っていない事例も見受けられますので、提出期限にはご注意ください。

3.遺産分割と所得の帰属に注意

 被相続人の不動産賃貸業を相続人が引き継ぐにあたって、もう一点注意しなければならないことがあります。それは、相続した賃貸物件から生じる所得の帰属です。
 結論だけ端的に述べると、遺産分割成立前の未分割の相続財産から生じた所得については、法定相続分に応じて各相続人に帰属することとなります。
 また、遺産分割成立後の相続財産から生じた所得については、実際にその相続財産を相続により取得した相続人に帰属することとなります。
 詳しくは、本ブログ記事「未分割の相続財産から生じた不動産所得の帰属は?」をご参照ください。
 

給与所得と公的年金等に係る雑所得の両方がある場合の所得金額調整控除

 所得金額調整控除は、2020(令和2)年分以後の所得税について適用されます。その対象者は、①給与等の収入金額が850万円超で子ども・特別障害者を有する者等(措法41の3の3①)、②給与所得と公的年金等に係る雑所得の両方の所得を有する者(措法41の3の3②)です。
 ①については、本ブログ記事「令和2年分から適用される基礎控除の改正と所得金額調整控除の新設」で確認しましたので、今回は②について確認します。

1.対象者と控除額

 給与所得と公的年金等に係る雑所得の両所得を有する者については、給与所得控除額と公的年金等控除額がそれぞれ10万円引き下げられたため、基礎控除額の10万円の引き上げだけでは負担増となるケースが生じ得ます。そこで、以下の内容の所得金額調整控除が措置されました。

(1) 対象者 
 その年の給与所得控除後の給与等の金額及び公的年金等に係る雑所得の金額がある居住者で、給与所得控除後の給与等の金額及び公的年金等に係る雑所得の金額の合計額が10万円を超える者

(2) 控除額

控除額=給与所得の金額(10万円を限度)+公的年金等に係る雑所得の金額(10万円を限度)-10万円
※ 総所得金額の計算上、給与所得の金額から控除する。

 給与所得と公的年金等に係る雑所得の両方を有する者の総所得金額を計算する場合は、給与所得控除後の給与等の金額(10万円を超える場合は10万円)及び公的年金等に係る雑所得の金額(10万円を超える場合は10万円)の合計額から10万円を控除した残額が、その年分の給与所得の金額から控除されます。

2.留意点

(1) 公的年金等に係る確定申告不要制度の適用要件である「公的年金等に係る雑所得以外の所得金額が20万円以下」については、所得金額調整控除の金額で判定します。

(2) 公的年金等控除額を計算する場合の「 公的年金等に係る雑所得以外の合計所得金額」は、所得金額調整控除の金額となります。
 ただし、子ども・特別障害者を有する者等の所得金額調整控除(措法41の3の3①)の適用がある場合は、所得金額調整控除の金額となります。

出所:国税庁「令和2年分 年末調整のしかた」公的年金等控除額速算表

 次の2つの設例において、公的年金等控除額の計算方法を確認します。

【前提】
・年齢62歳
・給与収入1,200万円、公的年金等の収入100万円
・本人、同一生計配偶者及び扶養親族のいずれも特別障害者ではなく、23歳未満の扶養親族もいない。
【計算】
① 給与所得(所得金額調整控除前)
1,200万円-195万円(給与所得控除額)=1,005万円

② 公的年金等に係る雑所得
100万円-50万円(公的年金等控除額)=50万円
※ 所得金額調整控除の給与所得(1,005万円)で判定するため、公的年金等控除額は速算表より50万円になります。これを、誤って所得金額調整控除後の給与所得(995万円)で判定すると、公的年金等控除額が60万円となり、雑所得の金額が変わってしまいます。

③ 給与所得(所得金額調整控除後・措法41の3の3②)
1,200万円-195万円-10万円(所得金額調整控除額)=995万円
※ 給与所得、公的年金等に係る雑所得がどちらも10万円を超えているため、所得金額調整控除額は上限の10万円になります。
【前提】
・年齢62歳
・給与収入1,200万円、公的年金等の収入100万円
・19歳の扶養親族がいる。
【計算】
① 給与所得(所得金額調整控除前)
1,200万円-195万円(給与所得控除額)=1,005万円

② 給与所得(所得金額調整控除後・措法41の3の3①)
1,200万円-195万円-15万円(所得金額調整控除額)=990万円
※ 給与収入が1,000万円超のため、所得金額調整控除額は上限の15万円になります。

③ 公的年金等に係る雑所得
100万円-60万円(公的年金等控除額)=40万円
※ 子ども・特別障害者を有する者等の所得金額調整控除(措法41の3の3①)の適用がある場合は、所得金額調整控除の給与所得(990万円)で判定するため、公的年金等控除額は速算表より60万円になります。これを、誤って所得金額調整控除前の給与所得(1,005万円)で判定すると、公的年金等控除額が50万円となり、雑所得の金額が変わってしまいます。

④ 給与所得(所得金額調整控除後・措法41の3の3②)
990万円-10万円(所得金額調整控除額)=980万円
※ 給与所得、公的年金等に係る雑所得がどちらも10万円を超えているため、所得金額調整控除額は上限の10万円になります。

(3) 「給与等の収入金額が850万円超で子ども・特別障害者を有する場合の所得金額調整控除」と 「給与所得と公的年金等に係る雑所得の両方の所得を有する場合の所得金額調整控除」は併用可能であり、両方の控除を適用した場合の控除額は最高25万円(15万円+10万円)となります(上記(2)の設例参照)。

マスク、PCR検査、オンライン診療は医療費控除の対象になるか?

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大は、日常生活へ大きな影響を及ぼしています。街中では感染防止のためにほとんどの人がマスクを着用し、PCR検査を受ける人も増えています。また、在宅で診療を受けることができるオンライン診療を始めた医療機関もあります。
 今回は、一向に収まる気配の無い新型コロナウイルス感染症に関連して支出した標題の費用が、医療費控除の対象となるか否かについて確認します。

1.医療費控除の対象

 所得税法では、医療費控除の対象となる医療費は、①医師等による診療や治療のために支払った費用、②治療や療養に必要な医薬品の購入費用、などとされています(所得税法73条2項、所得税法施行令207条1項)。
 医療費控除の対象となるか否かの判断基準は、簡単に言うと、その支出が治療目的の場合は可、予防目的の場合は不可ということです。
 例えば、インフルエンザに感染したときに支払う診察料や医薬品代は、治療目的のための支出ですから医療費控除の対象となります。一方、インフルエンザの感染防止のためにする予防接種は、予防目的のための支出ですから医療費控除の対象となりません。
 この観点から、マスク購入費用、PCR検査費用、オンライン診療に係る諸費用が医療費控除の対象となるか否かについて、以下でみていきます。

2.マスク購入費用

 新型コロナウイルス感染症を予防するためのマスク購入費用は、病気の治療目的ではなく感染予防を目的とした支出であるため、医療費控除の対象にはなりません。

3.PCR検査費用

 PCR検査については、医師等の判断により受ける場合と自己の判断で受ける場合があります。

(1) 医師等の判断によりPCR検査を受けた場合

 新型コロナウイルス感染症にかかっている疑いがある場合に、医師等の判断により受けたPCR検査の検査費用は、治療目的の支出( 医師等による診療や治療のために支払った費用 )に該当するため、医療費控除の対象となります。
 ただし、医療費控除の対象となる金額は自己負担部分に限られますので、公費負担により行われる部分の金額については、医療費控除の対象にはなりません。

(2) 自己の判断によりPCR検査を受けた場合

 単に感染していないことを明らかにする目的で受けるPCR検査など、自己の判断により受けたPCR検査の検査費用は、治療目的の支出に該当しないため、医療費控除の対象となりません。
 ただし、PCR検査の結果、「陽性」であることが判明し、引き続き治療を行った場合には、その検査は、治療に先立って行われる診察と同様に考えることができますので、その場合の検査費用については医療費控除の対象となります(所得税基本通達73-4)。

4.オンライン診療に係る諸費用

 オンライン診療は、在宅で医師の診療を受けることができ、また、処方された医薬品については、医療機関から患者が希望した薬局に処方箋情報が送付され、その薬局から患者の自宅へ医薬品を配送できる仕組みとなっています。
 この仕組みを利用するためには、以下のとおり、オンライン診療料に係る費用のほか、システムの利用料等の支払が必要となります。

(1) オンライン診療料

 オンライン診療料のうち、医師等による診療や治療のために支払った費用については、医療費控除の対象となります(所得税法73条2項、所得税法施行令207条1項)。

(2) オンラインシステム利用料

 医師等による診療や治療を受けるために支払ったオンラインシステム利用料については、オンライン診療に直接必要な費用に該当しますので、医療費控除の対象となります(所得税基本通達73-3)。

(3) 処方された医薬品の購入費用

 処方された医薬品の購入費用が、治療や療養に必要な医薬品の購入費用に該当する場合は、医療費控除の対象となります(所得税法73条2項、所得税法施行令207条1項2号)。

(4) 処方された医薬品の配送料

 医薬品の配送料については、治療又は療養に必要な医薬品の購入費用に該当しませんので、医療費控除の対象となりません。

個人事業主が同一生計親族に支払う家賃は必要経費にできない

 個人事業主が事業用に事務所や店舗を賃貸して家賃を支払った場合、その家賃は必要経費にできます。
 しかし、例えば、生計を一にする妻が所有する自宅の一角を事務所として事業を行う場合、妻に家賃を支払ったとしても必要経費にすることはできません。
 今回は、個人事業主が同一生計親族に対価を支払った場合の取扱いを確認します。

1.対価を支払う個人事業主の取扱い

 個人事業主が同一生計親族に対価を支払った場合の取扱いについては、所得税法第56条(事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例)前段に次のように規定されています。

居住者と生計を一にする配偶者その他の親族※1がその居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合※2には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しないものとし、かつ、その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額※3は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。

 上記条文中の「居住者」は、ここでいう個人事業主のことです。この条文を下線部ごとに読み解いていくと、次のようになります。

※1 この規定は、同一生計親族間の名目的な対価の支払いによる恣意的な所得分散による税負担の軽減を制限するものであるので、別生計親族には適用されません。なお、同一生計については、本ブログ記事「所得控除における『生計を一にする』の判定基準」をご参照ください。

※2 従事したことによる対価(給与)の他、土地や建物の貸付けの対価(地代家賃)、車両の貸付けの対価、借入金の利子などが該当し、これらを同一生計親族に支払っても必要経費にはなりません。
 ただし、従事したことによる対価(給与)については、青色事業専従者給与と事業専従者控除の特例があります。なお、事業専従者控除については、本ブログ記事「白色申告者の事業専従者控除の留意点」をご参照ください。
 また、「対価の支払を受ける」という表現になっていますが、この規定は、事業に係る所得を分散することによって税負担の軽減を図ることを防止するために、所得を稼得した個人に課税する個人単位課税の例外として世帯単位課税を行う趣旨のものです。そのため、仮に対価の支払いがない場合(無償)であっても適用されます

※3 同一生計親族に支払う対価を必要経費に算入しない代わりに、その同一生計親族の所得計算上必要経費に算入されるべき金額を、居住者(個人事業主)の事業に係る所得計算上必要経費に算入します。
 なお、同一生計親族の所得計算上必要経費に算入されるべき金額とは、例えば、親族の建物を賃借している場合の、その建物の減価償却費(親族が選定している償却方法によります)、固定資産税、損害保険料、修繕費など、その親族の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入される費用又は損失が該当し、その負担者が誰であるかを問いません

2.対価を受け取る同一生計親族の取扱い

 同一生計親族が個人事業主から対価を受け取った場合の取扱いについても、所得税法第56条後段に次のように規定されています。

この場合において、その親族が支払を受けた対価の額及びその親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、当該各種所得の金額の計算上ないものとみなす。

 つまり、同一生計親族が個人事業主から支払を受けた対価も 同一生計親族の所得計算上必要経費に算入されるべき金額 も、同一生計親族の方ではすべてをないものとみなして課税されません。