個人事業主が所得税・社会保険の扶養に入るための要件

1.「103万円の壁」と「130万円の壁」

 扶養の範囲内で働きたいパートの方は、収入が一定額を超えないように労働調整をする場合があります。
 例えば、夫が配偶者控除38万円の適用を受けられるように、妻はパート先での収入を103万円以下に抑えようとします(いわゆる「103万円の壁」です)。
 また、夫の社会保険の扶養の範囲内で働きたい場合は、妻はパート先での収入を130万円未満に抑えようとします(いわゆる「130万円の壁」です)。
 この所得税における103万円の壁と社会保険(健康保険・厚生年金)における130万円の壁は、いずれも収入額が基準となっていますので、パートで働く給与所得者の場合はわかりやすいと言えます。
 一方、個人事業主として開業しても、事業が軌道に乗るまでは親や配偶者の扶養の範囲内で仕事をしたいという場合があります。
 ここで、個人事業主が扶養に入るための判定基準はどのように考えたらいいのか、という疑問が生じます。
 103万円の壁と130万円の壁について、個人事業主も給与所得者と同じように収入(年商)で判定するのでしょうか、それとも収入から経費を差し引いた所得で判定するのでしょうか?
 結論を先に述べると、個人事業主の103万円の壁と130万円の壁は、どちらも収入から経費を差し引いた「所得」で判定します。
 以下において、若干の注意点を踏まえながら確認します。

2.所得税の扶養の判定は確定申告書の合計所得金額を見る

 所得税における扶養の範囲(扶養親族)は、所得者と生計を一にする親族(配偶者、青色事業専従者として給与の支払を受ける人及び白色事業専従者を除きます)で合計所得金額が48万円以下の人をいいます。
 給与所得だけの場合は、給与の年間収入が103万円以下であれば、合計所得金額が48万円以下になります(給与収入103万円-給与所得控除額55万円=給与所得48万円)。
 個人事業主の場合は、先に述べたとおり収入から経費を差し引いた所得が48万円以下であれば、扶養に入ることができます。
 48万円以下であるかどうかを判定するにあたっては、次の点に注意が必要です。

(1) 事業所得の他に所得がある場合は、それらの合計額で48万円以下であるかどうかを判定します。
(2) 青色申告者の場合は、青色申告特別控除額を差し引いた後の所得で判定します。
(3) 社会保険料控除や基礎控除などの所得控除を差し引く前の金額で判定します。

 つまり、確定申告書第1表の合計所得金額(下図の黄色マーカーを付した⑫欄の数字)が48万円以下であるかどうかを判定します。

※ 合計所得金額については、本ブログ記事「『合計所得金額』『総所得金額』『総所得金額等』の違いとは?」をご参照ください。

3.社会保険の扶養の判定(協会けんぽの場合)

 社会保険(健康保険・厚生年金)の被扶養者に該当する条件は、日本国内に住所(住民票)を有しており、被保険者(扶養する人)により主として生計を維持されていること、および「収入要件」と「同一世帯の条件」のいずれにも該当した場合です(同一世帯の条件の説明は省略します)。

【収入要件】
 年間収入130万円未満(60歳以上または障害者の場合は、年間収入180万円未満)かつ
 ・同居の場合は収入が被保険者(扶養する人)の収入の半分未満
 ・別居の場合は収入が被保険者(扶養する人)からの仕送り額未満

 上記の収入要件に関する注意点は、次のとおりです。

(1) 年間収入とは、過去の収入のことではなく、被扶養者に該当する時点および認定された日以降の年間の見込み収入額のことをいいます(給与所得等の収入がある場合は月額108,333円以下、雇用保険等の受給者の場合は日額3,611円以下であれば要件を満たします)。
 また、被扶養者の収入には、雇用保険の失業等給付、公的年金、健康保険の傷病手当金や出産手当金も含まれます。

(2) 収入が被保険者(扶養する人)の収入の半分以上の場合であっても、被保険者(扶養する人)の年間収入を上回らないときで、日本年金機構がその世帯の生計の状況を総合的に勘案して、被保険者(扶養する人)がその世帯の生計維持の中心的役割を果たしていると認めるときは被扶養者となることがあります。

 このような収入要件がありますが、先に述べたように個人事業主の場合は、収入から経費を差し引いた所得が130万円未満(又は180万円未満)であれば、扶養に入ることができます。
 130万円未満であるかどうかを判定するにあたっては、次の点に注意が必要です。

(1) 事業所得の他に所得がある場合は、それらの合計額で130万円未満であるかどうかを判定します。
(2) 青色申告者の場合は、青色申告特別控除額を差し引く前の所得で判定します。
(3) 社会保険料控除や基礎控除などの所得控除を差し引く前の金額で判定します。

 (2)の青色申告特別控除額は、あくまでも税制上の特典ですので、社会保険の扶養を判定する際の所得の算定上は控除できません。それ以外の青色申告決算書に記載した経費は差し引くことができます。

4.社会保険の扶養の判定(健康保険組合の場合)

 上記3で確認した内容は、政府が管掌する全国健康保険協会(協会けんぽ)の場合です。
 被保険者(扶養する人)の勤め先が、大手企業やグループ企業で構成される健康保険組合に加入している場合は、健康保険組合ごとに収入要件の取扱いが異なります。
 例えば、A健康保険組合の場合は、収入(売上)から差し引ける経費は売上原価のみであるのに対し、B健康保険組合の場合は、売上原価と人件費が差し引ける、などです。
 被保険者(扶養する人)の勤め先が加入しているのは協会けんぽなのか健康保険組合なのか、健康保険組合に加入している場合はどのような扶養条件があるのか、事前に確認しておくことが大事です。

令和4年度雇用保険料率が段階的に改定されます

1.改定内容

 2022(令和4)年3月30日に「雇用保険法等の一部を改正する法律案」が国会で成立しました。
 これにより、2022(令和4)年度の雇用保険料率が、2022(令和4)年4月と10月に段階的に改定されます。改定内容は次のとおりです。

(1) 2022(令和4)年4月1日から、事業主負担の保険料率が変更になります(0.5/1000引き上げ)。
(2) 2022(令和4)年10月1日から、労働者(被保険者)負担・事業主負担の保険料率が変更になります(4.0/1000引き上げ)。

 なお、2022(令和4)年度の労災保険料率は、2022(令和3)年度の料率から改定はありません。

2.令和4年度の雇用保険料率

 改定前(2022(令和4)年3月まで)と改定後(2022(令和4)年4月~9月及び2022(令和4)年10月以降)の雇用保険料率は、以下のとおりです。

改定前(2022(令和4)年3月まで)

事業の種類 一般事業 農林水産業・清酒製造業 建設業
被保険者負担率 3.0/1000 4.0/1000 4.0/1000
事業主負担率 6.0/1000 7.0/1000 8.0/1000
合計負担率 9.0/1000 11.0/1000 12.0/1000

改定後(2022(令和4)年4月~9月)
※ 被保険者負担率は据え置き、事業主負担率のみ「0.5/1000」引き上げられます。

事業の種類 一般事業 農林水産業・清酒製造業 建設業
被保険者負担率 3.0/1000 4.0/1000 4.0/1000
事業主負担率 6.5/1000 7.5/1000 8.5/1000
合計負担率 9.5/1000 11.5/1000 12.5/1000

改定後(2022(令和4)年10月以降)
被保険者負担率・事業主負担率ともに「2.0/1000」引き上げられます。

事業の種類 一般事業 農林水産業・清酒製造業 建設業
被保険者負担率 5.0/1000 6.0/1000 6.0/1000
事業主負担率 8.5/1000 9.5/1000 10.5/1000
合計負担率 13.5/1000 15.5/1000 16.5/1000



5人以上の従業員を雇用している士業の個人事務所は令和4年10月から社会保険の加入が必要です

1.任意加入から強制加入へ

 現行の社会保険制度では、常時5人以上の従業員を雇用している個人事業所のうち、法定16業種については「健康保険(協会けんぽ)・厚生年金」(以下「社会保険」といいます)への加入が強制されます。
 法定16業種とは、製造業・土木建築業・鉱業・電気ガス事業・運送業・貨物積みおろし業・清掃業・物品販売業・金融保険業・保管賃貸業・媒介周旋業・集金案内広告業・教育研究調査業・医療業・通信報道業・社会福祉事業及び更生保護事業をいいます。
 一方、5人以上の従業員を雇用する個人事業主でも、法定16業種に該当しない農業、漁業、一部のサービス業(旅館、飲食、理美容業、弁護士事務所、税理士事務所など)を営む者は、社会保険への加入が任意とされています。
 したがって、従業員を5人以上雇用している個人経営の税理士事務所などの士業事務所は、現行の社会保険制度では社会保険への加入義務はありませんでした。
 しかし、社会保険の適用を拡大する等を目的とした「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律」が成立し、2020(令和2)年6月5日に公布されました。
 その結果、これまで社会保険の適用業種でなかった税理士をはじめ、公認会計士、弁護士、司法書士など10の士業についても、常時5人以上の従業員を雇用している個人事務所は強制適用業種に加えられ、2022(令和4)年10月1日から社会保険の加入が強制されることとなりました。

※ただし、法施行日(2022(令和4)年10月1日)の前日までに税理士国保に加入し、かつ所轄の年金事務所に「健康保険被保険者適用除外承認申請書」を提出し承認されれば、協会けんぽではなく税理士国保を選択することができます(厚生年金は強制適用です)。

2.10の士業とは?

(1) 10の士業
 今回の改正の適用対象となる「10の士業」は、次のとおりです。

弁護士、沖縄弁護士、外国法事務弁護士、公認会計士、公証人、司法書士、土地家屋調査士、⾏政書⼠、海事代理⼠、税理⼠、社会保険労務士、弁理⼠

(2) 被保険者
 今回の改正で、常時5人以上の従業員を雇用している個人の士業事務所は社会保険の強制適用事業所となりますが、「常時5人以上の従業員」とは、正社員に加え、週の所定労働時間及び月の所定労働日数が、同じ事業所で同様の業務に従事している正社員の3/4以上の従業員をいいます。
 従業員にはパート・アルバイトの方を含み、日々雇い入れられる方などの「常時使用される」者でない場合は含まれません。また、外国人であっても加入要件を満たした場合は、国籍を問わず被保険者になります。
 なお、個人事業所の事業主は、社会保険の被保険者になりません。

※社会保険の加入要件については、本ブログ記事「外国人・年金受給者を雇用した場合や試用期間中の社会保険の取扱い」をご参照ください。

役員報酬月額を低額に抑えて賞与を支給する社会保険料節約術の税務上のリスク

1.社会保険料節約スキーム

 社会保険料の負担を軽減するため、役員の報酬月額を極端に低く抑え、その代わりに賞与(事前確定届出給与)を支給するという方法を、数年前から耳にするようになりました。
 この方法では社会保険料の負担を減らすことができますが、それは、賞与に係る健康保険料と厚生年金保険料に上限が設けられているためです。

 賞与に係る社会保険料の上限は、賞与の支給額が健康保険料については年間累計で573万円、厚生年金保険料については1回の支給につき150万円となっています。
 つまり、賞与の支給額がこれらの上限を超える場合、例えば1,000万円の賞与を支給したとしても、健康保険料については573万円、厚生年金保険料については150万円をベースに社会保険料が計算されることになります。
 したがって、毎月の役員報酬を低く抑える一方、上限を超える役員賞与を支給すると、上限を超える部分の社会保険料は支払わなくてよいことになるので、社会保険料の節約になります。

 例えば、毎月100万円(年間1,200万円)の役員報酬の支給を、毎月10万円の役員報酬と1080万円の役員賞与の支給に変更した場合は、どれくらいの節約になるでしょうか?
 以下において、次の前提の下でシミュレーションをしてみます。

【前提】
・年齢50歳(配偶者あり)
・健康保険組合は協会けんぽ(兵庫)、一般の事業
・2021(令和3)年4月時点の税率、保険料に基づいて計算

 毎月100万円(年間1,200万円)の役員報酬を支給した場合の社会保険料(会社負担分+個人負担分)は、次のとおりです。

健康保険料 117,992円
厚生年金保険料 118,950円
子ども・子育て拠出金 2,340円
合計(月額) 239,282円
合計(年額) 2,871,384円

 毎月10万円の役員報酬と1,080万円の役員賞与を支給した場合の社会保険料(会社負担分+個人負担分)は、次のとおりです。

  役員報酬10万円 役員賞与1,080万円
健康保険料 11,799.2円 689,892円
厚生年金保険料 17,934円 274,500円
子ども・子育て拠出金 353円 5,400円
合計(月額) 30,086円 969,792円
合計(年額) 361,032円 969,792円

 以上の結果から、毎月100万円(年間1,200万円)の役員報酬の支給を、毎月10万円の役員報酬と1,080万円の役員賞与の支給に変更した場合は、2,871,384円-(361,032円+969,792円)=1,540,560円の社会保険料の節約(年額)になります。

2.税金を考慮しても有利?

 役員報酬月額を低く抑えて役員賞与を支給する方法は、上記のとおり社会保険料の節約になりますが、社会保険料が減るということは、会社の利益や個人の所得から控除できる額も減ることになりますので、その分の法人税等や所得税、住民税が増えることになります。

 社会保険料は、会社と個人が折半して負担しますので、1,540,560円を節約することにより、会社の利益と個人の所得がそれぞれ770,280円ずつ増えることになります。
 この増えた部分に対して税金がどれくらいかかるのかをシミュレーションすると、下表のようになります。税率は、法人税等31%、所得税33%、住民税10%としています。

法人税等 238,786円
所得税 254,192円
住民税 77,028円
合計 570,006円

 社会保険料を1,540,560円節約した結果、税金が570,006円増えますが、それでも1,540,560円-570,006円=970,554円だけ社会保険料の節約効果の方が大きいことがわかります。税金を考慮しても、この社会保険料節約スキームは有利であるといえます。

3.税務上のリスク

 この社会保険料節約スキームを実行するには、税務署に事前確定届出給与に関する届出をし、その届出通りの支給をしなければなりません。
 では、届出通りの支給をしている場合、役員賞与は損金の額に算入できるのでしょうか?

 法人が役員に対して支給する給与の額については、定期同額給与、事前確定届出給与及び業績連動給与に該当する場合は、原則として損金の額に算入されますので、事前確定届出給与の届出をし、そのとおりに給与と賞与を支給しているのであれば、その点では損金の額に算入することが認められます(法人税法34条1項2号)。

 一方、法人税法34条2項は、役員給与のうち不相当に高額な部分の金額は損金に算入しない旨を規定しています。
 ここで懸念されるのは、各月の役員報酬の支給額と役員賞与の支給額に大きな差がある場合、その差額部分の金額は不相当に高額であるとして損金の額に算入されないのではないか、ということです。
 先の例では、年間の給与総額が120万円で賞与の額が1,080万円、合計で1,200万円ですが、税法が定める不相当に高額な給与とは、各月の給与の支給額や個々の賞与の額で判定するのか、年間の支給総額で判定するのか、について疑問が生じます。

 この不相当に高額な部分の判定基準は、以下の実質基準と形式基準の2つが規定されており、これらの基準により算出される超過金額のうち、多い方の額を過大とすることとされています(法人税法施行令70条)。

(1) 法人が各事業年度においてその役員に支給した給与の額が、その役員の職務の内容、その法人の収益及びその使用人に対する給与の支給の状況その法人と同種の事業を営む法人で事業規模が類似するものの役員に対する給与の支給の状況等に照らし、その役員の職務に対する対価として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額(実質基準)
(2) 定款の規定又は株主総会等の決議により役員に対する給与として支給することができる金銭の額の限度額若しくは算定方法等を定めている法人が、各事業年度においてその役員に対して支給した給与の額の合計額がその事業年度に係るその限度額及びその算定方法により算定された金額等を超えるにはその超える部分の金額(形式基準)

 税法の規定振りを見ると、「 各事業年度においてその役員に支給した給与の額 」又は「 各事業年度においてその役員に対して支給した給与の額の合計額 」とされており、各月の給与の支給額とも個々の賞与の額とも書かれていません。
 つまり、不相当に高額な部分の金額は、 各月の給与の支給額や個々の賞与の額で判定するのではなく、年間の支給総額で判定する ことになります。先の例では、報酬月額10万円や賞与1,080万円で判定するのではなく、支給総額の1,200万円で判定します。

 したがって、各月の役員報酬の支給額と役員賞与の支給額に大きな差があったとしても、事前確定届出給与の届出のとおりに支給されており、その支給した給与の合計額が不相当に高額であると認められない場合には、損金の額に算入されます
 結局のところ、この問題は、役員に支給した給与と賞与の総額が不相当に高額であるか否かという点に帰結します。

9月分(10月納付分)から厚生年金保険の標準報酬月額の等級区分が改定されます

 2020年(令和2年)9月分(10月納付分)から、厚生年金保険の算定の基礎となる標準報酬月額の上限に、第32等級(標準報酬月額:650,000円)が追加されます。これに伴い、厚生年金保険の等級は現行の全31等級から全32等級となります。
 なお、健康保険の等級区分の改定はありません。

1.改定前の等級区分

 改定前の厚生年金保険の標準報酬月額の等級区分は、下表のとおりです。

等級 標準報酬月額 報酬月額
29 560,000 545,000 以上 575,000 未満
30 590,000 575,000 以上 605,000 未満
31 620,000 605,000 以上  

2.改定後の等級区分

 改定後の厚生年金保険の標準報酬月額の等級区分は、下表のとおりです。

等級 標準報酬月額 報酬月額
29 560,000 545,000 以上 575,000 未満
30 590,000 575,000 以上 605,000 未満
31 620,000 605,000 以上 635,000 未満
32 650,000 635,000 以上  

3.影響を受ける従業員

 厚生年金保険の第31等級に該当していた従業員のうち、報酬月額が635,000円以上の従業員は、2020年(令和2年)9月から第32等級に改定されます。保険料も9月分(10月納付分)から変更になります。
 原則として、給与からの控除は翌月から反映されます。したがって、9月分保険料は10月分給与から控除されます。
 しかし、給与からの控除を当月から反映させている会社もあります。この場合、9月分保険料は9月分給与から控除されます。
 いずれの場合も、給与から控除した9月分保険料は10月末に納付します(2020年(令和2年)9月分保険料は11月2日(月)に納付)。
 給与計算担当者はご注意ください。

新型コロナウイルス感染症の影響による厚生年金保険料等の納付猶予制度の特例

 前回、新型コロナウイルス感染症の影響による国税の納税猶予制度の特例について解説しましたが、社会保険料についても基本的に「国税の徴収の例による」こととされているため、国税と同様の取扱いが可能となります。
 今回は、厚生年金保険料等の納付猶予制度の特例について解説します。

1.現行の納付猶予制度

(1) 換価の猶予の概要

 厚生年金保険料等を一時に納付することにより事業の継続等を困難にするおそれがあり、一定の要件に該当する場合、厚生年金保険料等を分割納付できる仕組みがあります。事業主の方は、納付すべき厚生年金保険料等の納期限から6か月以内に換価の猶予の申請ができます。
 換価の猶予が認められた場合は、納付すべき厚生年金保険料等を一定の期間(猶予期間)内に分割して納付することができます。また、猶予期間における延滞金の一部が免除されます。

(2) 換価の猶予の要件

 次のすべての要件に該当することが必要です。

① 厚生年金保険料等を一時に納付することにより、事業の継続等を困難にするおそれがあると認められること

② 厚生年金保険料等の納付について誠実な意思を有すると認められること

③ 納付すべき厚生年金保険料等の納期限から6か月以内に申請されていること

④ 換価の猶予を受けようとする厚生年金保険料等より以前の滞納又は延滞金がないこと

⑤ 原則として、猶予を受けようとする金額に相当する担保の提供があること

(3) 換価の猶予の効果

 換価の猶予が認められると、以下の効果があります。

① 猶予された金額を猶予期間中の各月に分割して納付することができます

② 猶予期間中の延滞金の一部が免除されます

③ 財産の差押や換価(売却等現金化)が猶予されます

※ 猶予期間は、1年の範囲内で、申請者の財産や収支の状況に応じて、最も早く厚生年金保険料等を完納することができると年金事務所が認める期間に限られます。  また、猶予期間内に完納することができないやむを得ない理由があると認められる場合は、年金事務所に申請することにより、当初の猶予期間と合わせて最長2年以内の範囲で猶予期間の延長が認められることがあります。

(4) 納付の猶予の概要

 災害等によって事業所の財産に相当な損害を受け、厚生年金保険料等の納付が困難となった場合は、事業主の方が申請することにより、保険料等の納付の猶予を受けることができます。

(5) 納付の猶予の要件

 次のすべての要件に該当することが必要です。

① 次のいずれかに該当する事実があること
イ.財産につき、震災、風水害、落雷、火災その他の災害を受け、又は盗難にあったこと
ロ.事業主又はその生計を一にする親族が病気にかかり、又は負傷したこと(個人事業所)
ハ.事業を廃止し、又は休業したこと
ニ.その事業につき著しい損失を受けたこと    

 ※「著しい損失」とは、申請前の1年間において、その前年の利益額の2分の1を超える損失(赤字)を生じた場合をいいます。

② ①の該当事実により、納付すべき厚生年金保険料等を一時に納付することができないと認めら れること

③ 申請書が提出されていること

④ 原則として、猶予を受けようとする厚生年金保険料等の金額に相当する担保の提供があること

(6) 納付の猶予の効果

 納付の猶予が認められると、 以下の効果があります。

① 猶予された金額を猶予期間中の各月に分割して納付することができます

② 猶予期間中の延滞金の全部又は一部が免除されます

③ 財産の差押や換価(売却等現金化)が猶予されます

2.納付猶予制度の特例

(1) 納付猶予制度の特例の概要

 新型コロナウイルス感染症の影響により、事業等に係る収入に相当の減少があった場合は、申請により1年間、特例として厚生年金保険料等の納付を猶予することができるようになります。
 この納付猶予の特例が適用されると、担保の提供は不要となり、延滞金もかかりません。
 なお、本特例の実施については、国税に係る関係法案が国会で成立することが前提となります

※2020年(令和2年)4月30日に 「新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律案」が成立・公布・施行されました。

(2) 特例の対象者

 以下の①、②のいずれも満たす方が対象となります。

① 新型コロナウイルスの影響により、2020年(令和2年)2月以降の任意の期間(1か月以上)において、事業等に係る収入が前年同期に比べて概ね 20%以上減少していること

② 一時に納付を行うことが困難であること

(3) 対象となる期間

 2020年(令和2年)2月1日から2021年(令和3年)1月 31 日までに納期限が到来する厚生年金保険料等が対象となります。

65歳からの老齢基礎年金と雇用保険

1.年金の受給資格期間が10年に短縮された

 原則65歳から老齢基礎年金を受け取るためには、保険料納付済期間(国民年金保険料納付済期間や厚生年金保険、共済組合等の加入期間を含みます)と国民年金の保険料免除期間などを合計した「受給資格期間」が、これまでは25年(300月)以上が必要とされていました。

 しかし、2017年(平成29年)8月1日からは、受給資格期間が10年(120月)以上あれば老齢基礎年金を受け取ることができるようになりました。

 なお、受給資格期間を満たして老齢基礎年金を受給できる方が、1か月でも厚生年金保険に加入していた場合には、原則65歳から老齢基礎年金に加えて老齢厚生年金も受給できます。

2.65歳以上の従業員も雇用保険の適用対象となった

 先日、顧問先の社長から「65歳以上の従業員を雇った場合、雇用保険の適用対象となるか?」という質問を受けました。

 そこで、調べてみると、2017年(平成29年)1月1日以降は、これまで適用除外となっていた65歳以上の新規雇用者についても、雇用保険の適用対象となったようです。

(1) 2016年(平成28年)12月31日までの旧制度

 以前の制度では、65歳以上の新規雇用者は、雇用保険に加入することはできませんでした。
 ただし、65歳以前から働き、65歳以降も同じ会社で働き続ける場合は、65歳になった段階で高年齢継続被保険者という扱いになり、雇用保険に加入し続けることができます。

 また、離職して求職活動をする場合には、高年齢求職者給付金(賃金の50%~80%の最大50日分)が1度だけ支給されました。
 なお、毎年4月1日時点で満64歳以上になる方については雇用保険料が免除されています。

(2) 2017年(平成29年)1月1日以降の新制度

 2017年(平成29年)1月1日からの新制度では、65歳以降に雇用された従業員も雇用保険の加入要件を満たす場合は雇用保険に加入することができます(雇用保険の加入要件については、本ブログ記事「雇用保険を遡って加入できるか?」を参照してください)。
 また、その従業員が離職して求職活動をする場合には、その都度、高年齢求職者給付金が支給されます。支給要件・内容はこれまでと同様で、年金との併給も可能です。

 介護休業給付、教育訓練給付等についても、新たに65歳以上の方も対象となります。

 さらに、2020年度(令和2年度)より、64歳以上の方の雇用保険料の徴収免除が廃止され、原則通り徴収が開始されます(2020年(令和2年)3月まで免除されます)。 

雇用保険を遡って加入できるか?

1.雇用保険の加入要件

 雇用保険の被保険者は、 常用・パート・アルバイト・派遣等、名称や雇用形態にかかわらず、 次の要件をいずれも満たす方です。

 (1) 1 週間の所定労働時間が 20時間以上であり、
 (2) 31 日以上の雇用見込みがある場合

 (1)の要件は、例えばアルバイトの方が1日あたり5時間で週3日勤務する場合は、1週間の所定労働時間が15時間となりますので加入要件を満たしませんが、週4日勤務の場合は1週間の所定労働時間が20時間となりますので加入要件を満たします。

 この所定労働時間は「雇用契約書」の内容により判断します。
 1日5時間週3日勤務という雇用契約を結んでいた場合に、たまたま忙しい日が続いたため1週間の労働時間が20時間以上になったとしても、(1)の要件を満たしたことにはなりません。
 もし、1週間の所定労働時間が20時間以上となることが常態となった場合は(1)の要件を満たすことになりますが、その場合は雇用契約を変更する必要があります。

 (2)の要件は、具体的には以下の場合を指します。
 ① 期間の定めがなく雇用される場合
 ② 雇用期間が31日以上である場合
 ③ 雇用契約に更新規定があり、31日未満での雇止めの明示がない場合
 ④ 雇用契約に更新規定はないが同様の雇用契約により雇用された労働者が31日以上雇用された実績がある場合

 上記(1)と(2)の加入要件を満たす場合は、本人が希望するか否かにかかわらず被保険者となり、雇用保険料の申告納付が必要です。

 なお、65歳以上の新規雇用者の雇用保険については、本ブログ記事「65歳からの老齢基礎年金と雇用保険」を参照してください。

2.雇用保険の加入手続きを失念していた場合

 労働保険申告書の作成過程で、雇用保険の加入要件を満たす従業員がいるにもかかわらず、事業主が加入手続きを失念していたことが判明することがあります。
 この場合、雇用保険を遡って加入することはできるのでしょうか?

 次の加入要件を満たす場合は、原則として2年間遡って加入することができます。

(1) 1 週間の所定労働時間が 20時間以上であり、
(2) 31 日以上の雇用見込みがある場合

 さらに、2010年(平成22年)10月からは雇用保険料が給与から天引きされていたことが明らかで ある場合は、特例として2年を超えて遡って雇用保険の加入手続きができるようになりました。

 手続きとしては、雇用保険被保険者資格取得届に加えて遅延理由書(書式は任意ですがハローワークで入手することもできます)の提出が必要です。
 また、賃金台帳や給与明細、タイムカード等の提出も必要です。

上場株式等の配当所得及び譲渡所得に係る住民税の課税方式は申告不要が得策

 2017年度(平成29年度)税制改正で、上場株式等の配当所得・譲渡所得について、所得税と住民税で異なる課税方式を選択できるようになりました。

※ 2023(令和5)年分の確定申告から、上場株式等の配当所得・譲渡所得に係る課税方式を所得税と一致させることになりました(所得税と住民税で異なる課税方式を選択することはできません)。
 これにより扶養控除や配偶者控除等の適用、非課税判定、国民健康保険税の保険料算定など、各種行政サービスに影響する場合がありますのでご注意下さい。

1.上場株式等の配当所得の課税方式

 上場株式等の配当所得については、所得税及び住民税ともに以下の課税方式を選択することができます。

(1) 申告不要
(2) 総合課税
(3) 申告分離課税

 所得税の確定申告書において、上場株式等の配当所得を総合課税又は申告分離課税として申告した場合は、住民税も同様にその課税方式が適用されます。
 しかし、納税通知書が送達される日までに、所得税の確定申告書とは別に住民税の申告書「上場株式等の配当・譲渡所得等の課税方式選択申告書」を提出することにより、所得税と異なる課税方式(申告不要、総合課税、申告分離課税)を選択することができます(例えば所得税は総合課税、住民税は申告不要など)。

2.上場株式等の譲渡所得の課税方式

 また、上場株式等の譲渡所得については、所得税及び住民税ともに以下の課税方式を選択することができます。

(1) 申告不要
(2) 申告分離課税

 この場合も、納税通知書が送達される日までに、所得税の確定申告書とは別に住民税の申告書を提出することにより、所得税と異なる課税方式(申告不要、申告分離課税)を選択することができます(例えば所得税は申告分離課税、住民税は申告不要など)。

3.住民税は申告不要が得策

 申告した上場株式等の配当所得と譲渡所得は、住民税の非課税判定や社会保険料(国民健康保険料・後期高齢者医療保険料)算定の基準となる総所得金額や合計所得金額に含まれます。社会保険料(国民健康保険料・後期高齢者医療保険料)には、この住民税の課税所得に連動する「所得割」の仕組みがあるため、申告によって所得が増えれば社会保険料も増えるリスクがあります。
 申告することで所得税の負担を軽減できても、社会保険料が増えれば、全体として負担増となる可能性があります。しかし、住民税を申告不要としておけば社会保険料には影響がありません。
 したがって、住民税は申告不要を選択することが得策といえます
 

個人経営の飲食業・理美容業等は社会保険加入を強制されない

 会計事務所に寄せられる相談は税金のことだけではありません。先日も飲食業を営む個人事業主さんから、社会保険に関する次のような質問を受けました。
 「従業員を10人に増やしたいが、社会保険に加入しなければならないか?」 

1.個人事業は5人以上の雇用で強制加入

 法人の場合、たとえ1人でも従業員を雇ったときは、社会保険(健康保険・厚生年金)に加入しなければなりません。
 個人事業の場合は、5人以上の従業員を雇ったときは社会保険の加入が強制されます。
 では、10人の従業員を雇用する個人経営の飲食店に社会保険の加入義務はあるのでしょうか?

2.「法定16業種」以外は任意加入

 答えは「否」です。
 5人以上の従業員を雇用する個人事業主でも、「法定16業種」に該当しない農業、漁業、一部のサービス業(旅館、飲食、理美容業、弁護士事務所、税理士事務所など)を営む者は、社会保険への加入が任意とされています。
 したがって、個人経営の飲食店は、5人以上の従業員を雇っても社会保険の加入を強制されることはありません。

※ 被用者保険(健康保険「協会けんぽ」・厚生年金)の適用を拡大する一環として、これまで被用者保険の適用業種でなかった税理士をはじめ、公認会計士、弁護士、司法書士など10の士業についても、常時5人以上の従業員を使用している個人事務所を強制適用業種に加えることとした「年金制度機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律」が2020(令和2)年の通常国会で成立し、公布されました(2022(令和4)年10月1日から施行)。改正内容については、本ブログ記事「5人以上の従業員を雇用している士業の個人事務所は令和4年10月から社会保険の加入が必要です」をご参照ください。

3.「法定16業種」とは?

 法定16業種とは、製造業・土木建築業・鉱業・電気ガス事業・運送業・貨物積みおろし業・清掃業・物品販売業・金融保険業・保管賃貸業・媒介周旋業・集金案内広告業・教育研究調査業・医療業・通信報道業・社会福祉事業及び更生保護事業をいいます。