所得税還付申告書を提出できる期間とその最終日とは?

1.還付申告書の提出期間は5年間

 所得税の還付申告については、国税庁ホームページ(No.2030 還付申告)に次のように記載されています。

 確定申告書を提出する義務のない人でも、給与等から源泉徴収された所得税額や予定納税をした所得税額が年間の所得金額について計算した所得税額よりも多いときは、確定申告をすることによって、納め過ぎの所得税の還付を受けることができます。この申告を還付申告といいます。
 還付申告書は、確定申告期間とは関係なく、その年の翌年1月1日から5年間提出することができます。


 還付申告書を提出できる期間が5年間であることは、上記のように国税庁ホームページに明記されています。
 では、例えば2021(令和3)年分の所得税還付申告書を提出できる最終日はいつになるのでしょうか?
 答えは、①2027(令和9)年3月15日、②2027(令和9)年1月1日、③2026(令和8)年12月31日のいずれかです。

2.「期間」の起算日と満了日

 還付申告書を提出できる「期間」は5年間です。「期間」とは、ある時点から別の時点までの継続した時の区分をいいます。
 「期間」においては、それがいつ始まりいつ終わるのかをしっかり認識することが重要です。
 国税に関する法律では、日、月又は年をもって定める「期間」の計算は、次により行うこととされています。

(1) 起算日
 「期間」の計算をする場合、期間の初日は算入しないで、翌日を起算日とするのが原則です(国税通則法10条1項一本文)。ただし、期間が午前0時から始まるとき、又は特に初日を算入する旨の定めがあるときは、初日を起算日とします(国税通則法10条1項一ただし書)。

(2) 満了日
 「期間」が月又は年をもって定められているときは、暦に従って計算します(国税通則法10条1項二)。
 暦に従うとは、1か月を30日とか31日とか、1年を365日というように日に換算して計算することではなく、例えば1か月の場合は翌日の起算日に応当する日(以下「応当日」といいます)の前日を、1年の場合は翌年の起算日の応当日の前日を、それぞれの期間の末日として計算するということです。
 したがって、満了日は次のようになります。

① 月又は年の始めから期間を起算するときは、最後の月又は年の末日の終了時点が満了日となります。
 したがって、例えば1月1日を起算日とした場合の1か月の終了時点は1月31日となりますが、2月1日を起算日とした場合は2月28日(又は29日)が終了時点ということになります。

② 月又は年の始めから期間を起算しないときは、最後の月又は年において起算日の応当日の前日の終了時点が満了日となります(国税通則法10条1項三本文)。この場合、最後の月に応当日がないときは、その月の末日の終了時点が満了日となります(国税通則法10条1項三ただし書)。
 したがって、例えば1月31日を起算日とする場合、応当日は2月31日になり応当日の前日は2月30日ということになりますが、そのような日は存在しませんので2月28日(又は2月29日)が満了日になります。

3.所得税還付申告書を提出できる最終日は?

 では、2021(令和3)年分の所得税還付申告書を提出できる最終日はいつになるのでしょうか?
 国税庁ホームページにあるように、還付申告書は確定申告期間とは関係なく、その年の翌年1月1日から5年間提出することができます。
 すなわち、5年間という「期間」の起算日は、法定申告期限とは関係なく、申告書を提出できる2022(令和4)年1月1日ということです(国税通則法74条1項)。この点で、解答候補の①2027(令和9)年3月15日は不正解になります。
 また、起算日が2022(令和4)年1月1日ですので5年後の応当日は2027(令和9)年1月1日になりますが、満了日は応当日の前日である2026(令和8)年12月31日になります。この点で、解答候補の②2027(令和9)年1月1日も不正解になります。
 したがって、2021(令和3)年分の所得税還付申告書を提出できる最終日は、2026(令和8)年12月31日になります(③が正解です)。
 なお、申告「期限」ではないので、満了日が土日祝日であってもその翌日とはならない点に注意が必要です。

4.個人の消費税還付申告書を提出できる最終日は?

 個人の消費税及び地方消費税の場合も、還付申告書を提出できる期間は、申告書を提出できる日から起算して5年間です(国税通則法74条1項)。
 したがって、2021(令和3)年分の消費税及び地方消費税の還付申告書は2022(令和4)年1月1日から提出できますので、最終日はその5年後の応当日の前日である2026(令和8)年12月31日になります。

令和3年分確定申告・納付期限の簡易な方法による個別延長

1.令和4年3月16日~4月15日は簡易な方法で申請可、4月16日以降は延長申請書を提出

 2021(令和3)年分の申告所得税、贈与税及び個人事業者の消費税の確定申告については、オミクロン株による感染の急速な拡大状況に鑑み、2022(令和4)年3月15日(個人事業者の消費税の確定申告については2022(令和4)年3月31 日)の期限までに、新型コロナウイルス感染症の影響により申告することが困難である納税者については、同年4月15日までの間、「簡易な方法」により申告・納付期限の延長を申請することができることとなりました。
 簡易な方法による延長とは、別途、「災害による申告、納付等の期限延長申請書」(以下、「延長申請書」といいます)を作成して提出する必要はなく、申告書を提出する際に、その余白に「新型コロナウイルスによる申告・納付期限延長申請」といった文言を付記するか、e-Tax を利用する場合は所定の欄にその旨を入力するなどの方法をいいます。
 なお、2022(令和4)年4月16日以降に期限の延長申請を行う場合は、「延長申請書」を提出する必要があります。

2.簡易な方法による個別延長の具体的記載例

(1) 申告書を書面で提出する場合の記載方法

 申告書の右上の余白に、「新型コロナウイルスによる申告・納付期限延長申請」と記載します。具体的な記載例は次のとおりです。

出所:国税庁ホームページ
出所:国税庁ホームページ
出所:国税庁ホームページ

(2) 各種会計ソフトを利用して e-Taxで提出する場合の入力方法

 具体的な入力例は次のとおりです。

出所:国税庁ホームページ
出所:国税庁ホームページ

(3) 国税庁確定申告書等作成コーナーを利用して e-Tax で提出する場合の入力方法

 具体的な入力例は次のとおりです。

出所:国税庁ホームページ
出所:国税庁ホームページ
出所:国税庁ホームページ

3.簡易な方法による延長後の申告・納付期限は?

 2022(令和4)年4月15 日までの簡易な方法により申告と同時に延長を申請した場合は、原則として、申告書を提出した日が申告・納付期限となります。そのため、申告・納付が可能となった時点で申告書を提出します。
 同年4月 16日以降も新型コロナウイルス感染症の影響が続き、申告等ができなかった場合は、申告等ができるようになった日から2か月以内に「延長申請書」を所轄の税務署に提出します。この場合は、所轄の税務署長が指定した日が申告・納付期限となります。

住民税非課税世帯とは?

 住民税非課税世帯には、低所得者を救済する目的で多くの恩恵(例えば、国民健康保険料・介護保険料・高額療養費が軽減される、新型コロナウイルス感染症の影響の長期化による臨時特別給付金の支給など)が用意されています。
 今回は、これらの恩恵を受けることができる住民税非課税世帯について確認します。

1.個人住民税の概要

 個人住民税とは、都道府県や市区町村の住民がその地方団体に納付する税金で、道府県民税(都民税を含みます)と市町村民税(特別区民税を含みます)を総称したものです。
 個人住民税は、前年の所得金額に応じて課税される「所得割」※1、定額で課税される「均等割」※2から成ります※3
 その年の1月1日現在において、市区町村内に住所を有する者については均等割と所得割が課税され、市区町村内に事務所、事業所又は家屋敷を有する者でその市町村内に住所を有しない者には均等割が課税されます※4

※1 標準税率は、道府県民税4%(2%)、市町村民税6%(8%)です。( )内は指定都市に住所を有する者の2018(平成30)年度分以後の税率です。

※2 市町村民税・道府県民税均等割(標準税率)は次のとおりです。

  標準税率 復興特別税 合計
市町村民税 3,000円 500円 3,500円
道府県民税 1,000円 500円 1,500円
合計 4,000円 1,000円 5,000円

注)2014(平成26)年度から2023(令和5)年度までの10年間は、東日本大震災被災地の復興財源に充てるため、均等割額に500円ずつが加算されます。
 また、例えば大阪府では森林環境税を確保するため、大阪府税条例の規定により2016(平成28)年度から2023(令和5)年度までの8年間は、個人府民税の均等割額に300円が加算されます(大阪府民税の均等割は1,800円になります)。

※3 他に、預貯金の利子等に課税される「利子割」、一定の上場株式等の配当等に課税される「配当割」、源泉徴収特定口座内の株式等の譲渡益に課税される「株式等譲渡所得割」がありますが、本記事では省略します。

※4 市区町村の属する都道府県においても道府県民税が課税されますが、個人住民税は市町村が市町村民税と道府県民税を併せて課税します。

2.個人住民税が非課税となる者

 個人住民税が課税されない者は、次のとおりです。

※ 2023(令和5)年分の確定申告から、上場株式等の配当所得・譲渡所得に係る課税方式を所得税と一致させることになりました(所得税と住民税で異なる課税方式を選択することはできません)。
 これにより扶養控除や配偶者控除等の適用、非課税判定、国民健康保険税の保険料算定など、各種行政サービスに影響する場合がありますのでご注意下さい。

(1) 均等割・所得割ともに非課税となるケース

① 生活保護法の規定によって生活扶助を受けている者(教育扶助や医療扶助を受けているだけではこれに該当しません)
② 障害者、未成年者、寡婦又はひとり親で、前年の合計所得金額の合計が135万円以下の者(前年の所得が給与所得のみの場合は収入金額が2,044,000円未満の者)
③ 前年の合計所得金額が各地方自治体の条例で定める金額以下の者(例えば大阪市や神戸市の場合は、次の算式で求めた額以下の者)
  35万円×(本人+同一生計配偶者+扶養親族数)+10万円+21万円
  ただし、21万円は同一生計配偶者又は扶養親族がいる場合のみ加算します。

(2) 均等割が非課税となるケース

 均等割のみを課すべき者のうち、前年の合計所得金額が各地方自治体の条例で定める金額以下の者(例えば大阪市や神戸市の場合は、次の算式で求めた額以下の者)
  35万円×(本人+同一生計配偶者+扶養親族数)+10万円+21万円
  ただし、21万円は同一生計配偶者又は扶養親族がいる場合のみ加算します。

(3) 所得割が非課税となるケース

 前年の総所得金額等が次の算式で求めた額以下の者
 35万円×(本人+同一生計配偶者+扶養親族数)+10万円+32万円
 ただし、32万円は同一生計配偶者又は扶養親族がいる場合のみ加算します。

3.個人住民税の非課税世帯とは?

 均等割と所得割の両方が非課税の場合は、「住民税非課税」となります。そして、世帯全員が住民税非課税であれば、「住民税非課税世帯」ということです。

中古資産を法定耐用年数で償却した後に見積法や簡便法への変更はできない

1.中古資産でも原則は法定耐用年数で償却

 減価償却資産の耐用年数については、会計上はその資産の実情に応じた耐用年数を企業等が独自に決定することを理想としていますが、税法上は公平性等の観点よりそのような自主性を認めていません。
 他方、中古資産については、個々の資産の経過年数が異なること、残存耐用年数の把握がしやすい場合があること等により、残存耐用年数を見積ることが認められています(見積法)。
 また、資料の不足等により、企業等が適正にその中古資産の残存耐用年数を見積もることができない場合(見積法の適用が困難な場合)には、簡便法の取扱いが設けられています。
 これら中古資産の耐用年数については、以下の減価償却資産の耐用年数等に関する省令(以下「省令」といいます)第3条第1項に規定されています(太字は筆者による)。

第3条 個人において使用され、又は法人(人格のない社団等を含む。以下第5条までにおいて同じ。)において事業の用に供された所得税法施行令第6条各号(減価償却資産の範囲)又は法人税法施行令第13条各号(減価償却資産の範囲)に掲げる資産(中略)の取得(中略)をしてこれを個人の業務又は法人の事業の用に供した場合における当該資産の耐用年数は、前2条の規定にかかわらず、次に掲げる年数によることができる
 ただし、当該資産を個人の業務又は法人の事業の用に供するために当該資産について支出した所得税法施行令第181条(資本的支出)又は法人税法施行令第132条(資本的支出)に規定する金額が当該資産の取得価額(中略)の100分の50に相当する金額を超える場合には、第2号に掲げる年数についてはこの限りでない。
一 当該資産をその用に供した時以後の使用可能期間(中略)の年数
二 次に掲げる資産(別表第1、別表第2、別表第5又は別表第6に掲げる減価償却資産であつて、前号の年数を見積もることが困難なものに限る。)の区分に応じそれぞれ次に定める年数(その年数が2年に満たないときは、これを2年とする。)
イ 法定耐用年数(中略)の全部を経過した資産 当該資産の法定耐用年数の100分の20に相当する年数
ロ 法定耐用年数の一部を経過した資産 当該資産の法定耐用年数から経過年数を控除した年数に、経過年数の100分の20に相当する年数を加算した年数

 本規定はいわゆる「できる規定」であって、中古資産を取得したときでも、原則は法定耐用年数で減価償却します。
 また、見積法(省令第3条第1項第1号)が適用困難な場合に簡便法 (省令第3条第1項第2号) を採用することになりますが、実務的には簡便法を用いることが多いと思われます。
 簡便法の計算式は、次のとおりです。

1.法定耐用年数の全部が経過しているもの
 法定耐用年数×0.2

2.法定耐用年数の一部が経過しているもの
 (法定耐用年数―経過年数)+経過年数×0.2

3.中古資産に支出した改良費>再調達原価×0.5のとき
 法定耐用年数

(注)計算した年数に1年未満の端数があるときは切捨て、2年に満たない場合は2年とします。

2.見積法・簡便法による耐用年数の算定は事業供用年度のみ可

 中古資産の残存耐用年数を見積法や簡便法で算定する場合の留意点は、以下の耐用年数の適用等に関する取扱通達1-5-1に記載されていいます(太字は筆者による)。

1-5-1 中古資産についての省令第3条第1項第1号に規定する方法(以下1-7-2までにおいて「見積法」という。)又は同項第2号に規定する方法(以下1-5-7までにおいて「簡便法」という。)による耐用年数の算定は、その事業の用に供した事業年度においてすることができるのであるから当該事業年度においてその算定をしなかったときは、その後の事業年度(その事業年度が連結事業年度に該当する場合には、当該連結事業年度)においてはその算定をすることができないことに留意する。
(注) 法人が、法第72条第1項に規定する期間(以下「中間事業年度」という。)において取得した中古の減価償却資産につき法定耐用年数を適用した場合であっても、当該中間事業年度を含む事業年度においては当該資産につき見積法又は簡便法により算定した耐用年数を適用することができることに留意する。


 本通達は、中古資産についての見積法・簡便法による耐用年数の算定は、当該中古資産を取得してこれを事業の用に供した最初の事業年度に限りすることができ、当該事業年度において算定しなかったときは、その後の事業年度において算定することはできない旨を定めています。
 見積法・簡便法はあくまでも法定耐用年数の特則であること、そして、いつでも変更が可能であるとすると利益調整等のために納税者によって恣意的に変更される可能性があることから、特則である見積法・簡便法の適用を望む企業等は、中古資産を事業の用に供した最初の事業年度において、自らその意思を表示してその適用を受けることを要し、その意思を表示しなかった場合には原則どおり法定耐用年数が適用され、これを事後的に変更することはできない、ということです。

不動産貸付の事業的規模と業務的規模における経費の取扱いの違い

1.規模により異なる取扱い

 不動産所得の計算上、 不動産の貸付けが事業と称するに足りる規模(事業的規模)で営まれているか否かによって、経費の取扱いに差異が設けられています。差異のある主な項目は、次のとおりです。

(1) 資産損失(取壊し、除却、滅失等)
(2) 資産損失(災害等)
(3) 貸倒損失
(4) 貸倒引当金
(5) 青色事業専従者給与
(6) 事業専従者控除
(7) 青色申告特別控除
(8) 確定申告における延納に係る利子税 など

 これらの取扱いについては、不動産所得を生ずべき業務が事業的規模として行われている場合にのみ認められるものや、事業と称するに足りない規模(業務的規模)で行われている場合には制限がかかるものもあります。
 したがって、事業的規模と業務的規模による取扱いの差異を把握することは、不動産所得の計算上、適用誤りを防ぐためにも必要です。
 なお、事業的規模と業務的規模の判定については、本ブログ記事「土地の貸付けの事業的規模の判定基準」をご参照ください。

2.主な取扱いの差異

 上記1の8項目について、事業的規模と業務的規模における経費の取扱いの差異を一覧表にします。

項目 事業的規模 業務的規模
資産損失(取壊し、除却、滅失等)
※所法51①④
損失の金額(原価ベース)の全額を、損失の生じた年分の必要経費に算入する。 損失の金額(原価ベース)を、損失の生じた年分の不動産所得の金額を限度として必要経費に算入する。
資産損失(災害等)
※所法70②③、72①
同上
他に被災事業用資産の損失の繰越控除を適用できる。
上記との選択により、雑損控除の対象とすることもできる。
貸倒損失
※所法51②、64①
賃貸料等の貸倒れによる損失は、貸倒れが生じた年分の必要経費に算入する。 賃貸料等の回収不能による損失は、その収入が生じた年分に遡って収入金額がなかったものとみなす。
なかったものとみなされる収入金額は、次のうち最も低い金額となる(所令180②、所基通64-2の2)。
①回収不能額
②所法64条適用前の課税標準の合計額
③②の計算の基礎とされた不動産所得の金額
貸倒引当金
※所法52①②、所令144,145
その年の12月31日において、貸金等に係る損失の見込額として一定の金額を必要経費として算入することができる。 適用なし。
青色事業専従者給与
※所法57①
青色事業専従者に支払った給与のうち労務の対価として相当なものは、その年分の必要経費に算入する。 適用なし。
事業専従者控除
※所法57③
専従者1人につき最高50万円(配偶者である専従者については86万円)を必要経費に算入する。 適用なし。
青色申告特別控除
※措法25の2①③
一定の要件を満たす場合には、最高65万円の控除を受けられる。 最高10万円の控除しか受けることができない。
延納に係る利子税
※所法45①二、所令97①一
不動産所得の金額に対応する部分は、必要経費に算入する。 適用なし。

 事業的規模と業務的規模における経費の取扱いの差異は上表のとおりですが、青色申告者は注意しなければならない点があります。業務的規模の場合の青色申告特別控除額が10万円であることはよく知られていますが、青色事業専従者給与について適用がないことは意外な盲点かもしれません。適用誤りがないようにご注意ください。

※ 不動産貸付けが業務的規模の場合でも、65万円控除を受けられる場合があります。詳しくは、本ブログ記事「建物・土地の貸付けの事業的規模の判定と65万円控除」をご参照ください。

土地の貸付けの事業的規模の判定基準

 不動産所得の計算上、 不動産の貸付けが事業と称するに足りる規模(事業的規模)で営まれているか否かによって、次の経費の取扱いに差異が設けられています。

(1) 資産損失
(2) 貸倒損失
(3) 貸倒引当金
(4) 青色事業専従者給与
(5) 事業専従者控除
(6) 青色申告特別控除
(7) 確定申告における延納に係る利子税 など

 これらの取扱いについては、不動産所得を生ずべき業務が事業的規模として行われている場合は、事業と称するに足りない規模(業務的規模)で行われている場合よりも有利になります(取扱いの差異については、本ブログ記事「不動産貸付の事業的規模と業務的規模における経費の取扱いの違い」をご参照ください)。したがって、不動産の貸付けが事業的規模であるか業務的規模であるかの判定は、不動産所得を計算するうえで非常に重要です。
 今回は、不動産の貸付けが事業的規模であるか否かの判定基準について確認します。

1.建物の貸付けの判定基準(形式基準)

 不動産の貸付けが事業と称するに足りる規模(事業的規模)で営まれているか否かのうち、建物の貸付けについては、所得税基本通達26-9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定)で次のように規定されています。

26-9 建物の貸付けが不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうかは、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で建物の貸付けを行っているかどうかにより判定すべきであるが、次に掲げる事実のいずれか一に該当する場合又は賃貸料の収入の状況、貸付資産の管理の状況等からみてこれらの場合に準ずる事情があると認められる場合には、特に反証がない限り、事業として行われているものとする。
(1) 貸間、アパート等については、貸与することができる独立した室数がおおむね10以上であること。
(2) 独立家屋の貸付けについては、おおむね5棟以上であること。


 これは、いわゆる5棟10室基準と呼ばれるもので、この形式基準を満たす場合は不動産の貸付けが事業として行われているものとされます。課税実務上比較的容易に認定し得る貸付の規模を明らかにしたものといえます。

 建物の貸付けについては、上記の所得税基本通達26-9に判定基準が定められていますが、土地の貸付けについては、所得税基本通達に定めがありません。
 しかし、土地の貸付けの判定基準についても、国税庁では下記のような取扱いを公表しています(審理専門官情報第23号 大阪国税局個人課税審理専門官 平成19年1月26日質疑事例0108-1)。

2.土地の貸付けの判定基準(形式基準)

 国税庁で公表されている質疑事例0108-1各種所得の区分と計算(事例1-8 土地を貸し付けている場合の事業的規模の判定)は次のとおりです。実務上はこれを参考にすることになります。

[質疑内容]
 土地の貸付けが不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうかの判定はどのように行うのか。
[回答]
 土地の貸付けが事業として行われているかどうかの判定は、次のように行われる。
① 土地の貸付けが不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうか は、第一義的には、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で土地の貸付けが行われているかどうかにより判定する。
② その判定が困難な場合は、所基通26-9に掲げる建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定の場合の形式基準(これに類する事情があると認められる場合を含む。)を参考として判定する。この場合、①貸室1室及び貸地1件当たりのそれぞれの平均的賃貸料の比、②貸室1室及び貸地1件当たりの維持・管理及び債権管理に関する役務提供の程度等を考慮し、地域の実情及び個々の実態に応じ、1室の貸付けに相当する土地の貸付件数を、「おおむね5」として判定する。
 なお、具体的な判定に当たっては、次の点にも留意する。
・同一の者(その者と生計を一にする親族を含む。以下同じ。)に対して駐車場を2以上貸し付けている場合は、「土地の貸付け1件」として判定する。
・同一の者に対して建物を貸し付けるとともに駐車場を貸し付けている場合(駐車場については2以上貸し付けているときを含む。)は、「建物の貸付け1件」として判定する。また、貸付物件が2以上の者の共有とされている場合等の判定については、共有持分であん分した室数又は棟数によるのではなく、実際の(全体の)室数又は棟数によることにも留意する。


 土地の事業的規模の判定は、1室の貸付けに相当する土地の契約件数をおおむね5件として判定します。
 例えば、貸室数が2室と貸地の契約件数が45件の場合、貸室2室+(貸地45件÷5=9)=11室≧10室となり、事業的規模と判定されます。
 貸家2棟と貸地の契約件数が45件の場合は、 5棟10室基準に満たないので事業的規模ではなく業務的規模と判定されます。

3.実質基準による判定

 不動産の貸付けが事業的規模であるか否かの判定は、形式的には上記のように行います。
 しかし、所得税基本通達26-9の冒頭にあるように、建物の貸付けが不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうかは、5棟10室という数値基準だけにとらわれず、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で貸付けを行っているかどうかという点(実質基準)からも判定されなければなりません。
 この点については、相続税の事例ではありますが、東京地裁平成7年6月30日判決が参考になります。
 この判決を要約すると、①不動産貸付けが事業といえるためには事業所得を生ずる事業と同程度の役務提供は要求されないこと、②専らその規模の大小(貸付件数)によってのみ事業性の判断がされるべきものとは解し得ないこと、③いわゆる5棟10室基準は一定以上の規模を有することを示す形式的な基準であってこの基準が必要条件ではないこと等の考えを裁判所は示しています。
 そのうえで、不動産貸付けが事業に当たるかどうかは、営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における事業遂行性の有無、その取引に費やした精神的肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点を総合して社会通念上事業といい得るかどうかによって判断すべきとしています。この考え方は、所得税基本通達26-9にも通ずるものといえます。
 形式基準を満たさなくても、実質基準により事業的規模と判定された裁決例もあります(昭和52年1月27日裁決)。詳しくは本ブログ記事「5棟10室未満でも不動産貸付が事業的規模とされた事例」をご参照ください。

5棟10室未満でも不動産貸付が事業的規模とされた事例

1.実質基準と形式基準

 所得税基本通達 26-9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定) によると、不動産の貸付けが事業的規模であるか否かの判定は、原則として、社会通念上事業と称する程度の規模で行われているかどうかにより判断しますが(実質基準)、次のいずれかに該当する場合は、特に反証がない限り、事業として行われているものとされます(形式基準)。

(1) 貸間、アパート等については、貸与することができる独立した室数がおおむね10以上であること
(2) 独立家屋の貸付けについては、おおむね5棟以上であること

 なお、実質基準として、賃貸料の収入の状況、貸付資産の管理の状況等からみて、上記の形式基準に準じる事情があると認められる場合には、事業的規模として取り扱われます。
 これは、いわゆる5棟10室基準を満たさなくても、賃貸収入が比較的多額で、かつ、不動産管理に係る役務の提供の事務量を相当要するような場合には、事実認定による判定も可能ということです。
 ところが、この実質基準での判定は、事業所得としての性質として掲げられる営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における事業遂行性の有無、その取引に費やした精神的肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点を総合して判断することになりますので、社会通念上事業といい得るためのハードルは高いといえます(平成19年12月4日裁決)。

 しかし、5棟10室基準を満たさなくても、実質基準により不動産の貸付けが事業的規模と判定された裁決事例(昭和52年1月27日裁決)があります。
 争点は、納税者(請求人)の不動産貸付は、不動産の貸付けの規模(貸家2件、貸地45件)及び貸付不動産の維持管理等の状況からみて、事業と称すべき規模に該当するか否かという点です。
 以下で、この裁決事例における納税者と原処分庁の主張、審判所の判断についてそれぞれみていきます。

2.昭和52年1月27日裁決

(1) 納税者の主張

① 請求人(納税者)は、不動産収入(地代45件、家賃2件)を得るために、賃貸料の算定、約定、更新等の折衝及び集金のほか、無断増改築、転貸、境界争い等の問題の処理等、貸付不動産の維持、管理に必要な業務を行っており、その業務は単なる付随業務ではなく、主業としての事業である。
② 請求人は地方公務員であるため、母が上記不動産業務のうち、日常業務を手伝っている。

(2) 原処分庁の主張

 不動産の貸付けが、不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうかのうち建物については、所得税基本通達26-9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定)に、おおむね5棟以上の貸付けを事業とする旨定めているが、土地の貸付けについては、所得税基本通達に定めがなく、また、地代収入は、いわゆる投資の回収である家賃収入とは異なるものである。
 請求人の場合、建物の貸付けは2棟であり、貸付土地の管理状況からみても、不動産の貸付けが事業として行われているものと認められない。

(3) 審判所の判断

 請求人の不動産貸付けが、所得税法第57条第1項に規定する不動産所得を生ずべき事業に当たるかどうかについては、その業務が社会通念上事業と称するに至る程度の規模、すなわち、賃貸料の収入状況、貸付不動産の管理状況等からみて、客観的に事業と認められる程度の規模かどうかによって判断するのが相当であるので、その実態について調査審理したところ、次のとおりである。

イ 貸付不動産である貸家2件及び貸地45件は、請求人の現住所と離れたB県内のC、D、E、Fの4区に散在しているので、近隣地の不動産貸付けとは、その実態を異にすると認められる。
ロ 当該不動産貸付けの業務の内容をみると、次のとおりである。
(イ) 貸付不動産の賃貸料については、その固定資産税、管理費、減価償却費等所要の経費を償ってなお相当の利益が生じる程度の金額によって契約し、固定資産税の評価額の改訂に伴い、賃貸料の値上交渉をして契約を改訂し、また、大半の貸付先について継続的に賃貸料の集金をしているなどの事実が認められる。
(ロ) 当該貸付不動産に係る名義書換及び契約更新の交渉、無断増改築及び転貸等の問題の処理、不払賃貸料の回収等には、永年の経験と知識が必要であると認められる。
(ハ) 請求人は、当該貸付不動産の維持、管理の状況を明らかにするため、毎月収支明細表を作成した上、資金の収支を具体的に整然、かつ、明瞭に記録して、財務的管理を行っている事実が認められる。

 以上の諸事実によれば、請求人の不動産貸付けは、社会通念上、不動産所得を生ずべき事業に当たると認めるのが相当であるとして、審判所は納税者の主張を認容しました。貸家等の件数が5棟10室基準を下回っていたとしても、貸付不動産の維持管理等の状況から事業性が認められた裁決事例となりました。

株主優待券の所得税の課税関係

 株式を保有する人は、株式の値上がりによる売却益を期待したり、配当を受け取ったりすること以外に、株主の特典である株主優待を受けることができます。中には、株主優待で生活をしている人もいるそうですが、株主が受け取る株主優待券に所得税はかからないのでしょうか?
 今回は、株主優待券の課税関係について確認します。

1.配当所得に株主優待券は含まれる?

 配当所得とは、以下に掲げるように、株主や出資者が法人から受ける剰余金の配当、利益の配当、剰余金の分配、投資信託及び投資法人に関する法律第137条の金銭の分配、基金利息並びに投資信託及び特定受益証券発行信託の収益の分配に係る所得をいいます(所得税法第24条第1項)。

① 法人から受ける剰余金の配当(例:決算配当、中間配当金)
② 法人から受ける利益の配当(例:決算配当、中間配当金)
③ 剰余金の分配(例:農業協同組合等から受ける出資に対する剰余金の配当金)
④ 投資法人から受ける金銭の分配
⑤ 基金利息(例:相互保険会社の基金に対する利息)
⑥ 投資信託の収益の分配(公社債投資信託及び公募公社債等運用投資信託を除く)
⑦ 特定受益証券発行信託の収益の分配

 また、配当所得については、所得税基本通達24-1(剰余金の配当、利益の配当又は剰余金の分配に含まれるもの)において、次のように規定されています。

24-1 法第24条第1項に規定する「剰余金の配当」、「利益の配当」及び「剰余金の分配」には、剰余金又は利益の処分により配当又は分配をしたものだけでなく、法人が株主等に対しその株主等である地位に基づいて供与した経済的な利益が含まれる。

 ここで気になるのは、この基本通達の「その株主等である地位に基づいて供与した経済的な利益」という部分です。この部分の文言からすぐに思い起こされるのは株主優待券ですが、株主優待券も配当所得に含まれるのでしょうか?

 これに関しては、所得税基本通達24-2(配当等に含まれないもの)で、次のように規定されています。

24-2 法人が株主等に対してその株主等である地位に基づいて供与した経済的な利益であっても、法人の利益の有無にかかわらず供与することとしている次に掲げるようなもの(これらのものに代えて他の物品又は金銭の交付を受けることができることとなっている場合における当該物品又は金銭を含む。)は、法人が剰余金又は利益の処分として取り扱わない限り、配当等(法第24条第1項に規定する配当等をいう。以下同じ。)には含まれないものとする。

(1) 旅客運送業を営む法人が自己の交通機関を利用させるために交付する株主優待乗車券等
(2) 映画、演劇等の興行業を営む法人が自己の興行場等において上映する映画の鑑賞等をさせるために交付する株主優待入場券等
(3) ホテル、旅館業等を営む法人が自己の施設を利用させるために交付する株主優待施設利用券等
(4) 法人が自己の製品等の値引販売を行うことにより供与する利益
(5) 法人が創業記念、増資記念等に際して交付する記念品


 基本通達24-2において、 法人の利益の有無にかかわらず供与される株主優待券は、配当所得に含まれないことが明記されています。配当所得に含まれないのであれば、確定申告は不要でしょうか?

2.株主優待券は雑所得

 上記基本通達24-2には、次のような注意書きがあります。

(注) 上記に掲げる配当等に含まれない経済的な利益で個人である株主等が受けるものは、法第35条第1項《雑所得》に規定する雑所得に該当し、配当控除の対象とはならない。

 つまり、株主優待券は配当所得ではありませんが、雑所得に該当するということです。したがって、原則として確定申告が必要ですが、確定申告が不要の場合もあります。確定申告不要制度については、本ブログ記事「給与所得者と公的年金等受給者の確定申告不要制度の注意点」をご参照ください。




弁護士が従事する無料法律相談の日当の所得区分は?

1.事業所得か給与所得か

 所得税では、所得が10種類(利子所得・配当所得・不動産所得・事業所得・給与所得・退職所得・山林所得・譲渡所得・一時所得・雑所得)に区分されています。これら10種類の所得の中には、どの所得に該当するかの判断が実務上難しく、容易に判断がつかないものもあります。
 この所得区分が争われた例として、京都地裁平成20年10月21日判決(税務訴訟資料 第258号-197(順号11055))があります(参考:国税庁ホームページ税務訴訟資料)。
 これは、弁護士である原告が、同人の所属するA弁護士会法律相談センターの行う無料法律相談業務に従事した対価としてA弁護士会から支給された日当を給与所得として確定申告したところ、これを事業所得であるとして右京税務署長(被告)から更正処分を受けたため、その取消しを求めた事案です。
 争点は、本件日当が事業所得に当たるか給与所得に当たるかですが、結論を先に述べると、本件日当は事業所得に該当すると判断されました。
 以下では、被告の主張、原告の主張、裁判所の判断を見ていきます。

2.京都地裁平成20年10月21日判決

(1) 原処分庁(被告)の主張

ア 原告は、直接的にはA弁護士会法律相談センター規程(以下「本件規程」という)に基づく法律相談センターの指定により本件相談業務に従事したものであるが、本件規程はA弁護士会の総会により改廃できるものであり、原告はA弁護士会の会員として本件規程の適用を受けるものであるから、原告は、雇用契約又はこれに類する関係に基づき労務を提供したものではない。

イ 本件規程が定める法律相談に当たっての遵守事項は、一般的な指導監督にすぎず、A弁護士会は、原告に対し、法律相談の内容については何ら指揮命令をしていない。
 また、指定された相談担当日に差支えを生じた場合には交代も可能であり、原告が本件相談業務に従事する際にA弁護士会から受けている空間的、場所的拘束は極めて希薄である。
 したがって、原告は、A弁護士会の指揮命令に従って労務を提供したとはいえない。

ウ 原告は、弁護士としての公益的使命の実現のため、弁護士法並びにこれを受けて定められたA弁護士会会則(以下「本件会則」という)及び本件規程の規定に基づき本件相談業務に従事して、本件日当の支給を受けたものであるから、本件相談業務は、原告の計算と危険において独立して営まれたものであり、本件日当は、事業所得に当たる。

(2) 納税者(原告)の主張

ア 原告が、法律相談名簿への登載を受けた上で法律相談を担当することは、強制加入団体であるA弁護士会の本件会則上の義務として定められており、原告には、原則として諾否の自由はない。
 そして、原告は、本件相談業務に従事するに当たり、A弁護士会から特定の場所・日時を指定され、京都府及び京都市の職員がその設備を用いて運営する会場において、本件規程に定められた遵守事項に従いつつ、1件当たり20分で法律相談に応じることが求められており、その対価として支給される日当は、相談件数にかかわらず、定額である。
 したがって、本件日当は、A弁護士会又は京都府及び京都市から空間的、時間的な拘束を受け、その指揮命令の下に提供した労務の対価として支給されたものというべきである。

イ 所得税基本通達28-9の2(医師又は歯科医師が支給を受ける休日、夜間診療の委嘱料)は、医師又は歯科医師が、地方公共団体等の開設する救急センター、病院等において休日、祭日又は夜間に診療等を行うことにより地方公共団体等から支給を受ける委嘱料等は、給与等に該当するとしている。
 本件日当は、上記の委嘱料等と構造が類似する

ウ 財団法人Bの全国の支部においては、法律相談日当について、給与所得として源泉徴収がされている。

エ したがって、本件日当は、給与所得に当たる。

(3) 裁判所の判断

① 本件日当は、A弁護士会の会員である原告が、同会の会員らの総意により、弁護士の使命を達成するための公益的活動の一環である無料法律相談活動を行うための規律として自治的に定められた本件規程の規定に従い、無料法律相談業務に従事した対価として、A弁護士会から原告に対し支給されたものであると認められるから、その給付の原因であるA弁護士会と原告との間の法律関係は、雇用契約又はこれに類する支配従属関係ではないことが明らかである。
 したがって、本件日当は、「雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付」に当たらないというべきである。

② 地方公共団体等の開設する休日急病診療所等において休日診療等を担当した医師等に対する報酬の支払者とその支払を受ける診療担当医師等との間の法律関係及び財団法人Bにおいて交通相談業務を担当した弁護士に対する日当の支払者である同財団法人と相談担当弁護士との間の法律関係は、本件相談業務に関する原告とA弁護士会との間の法律関係と異なり、会員間の自治的な取り決めに基礎をおくものであるとは認められないから、これらの報酬又は日当と比較して本件日当の性格を論ずることは、その前提を欠き失当である。

③ 以上によれば、本件日当は、給与所得には当たらず、弁護士がその計算と危険において独立して行う業務から生じた所得であって、・・・事業所得に当たるというべきである。

(4) 論点整理

 事業所得と給与所得の区分については、最高裁が「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し、給与所得とは雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」と判示しています(最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁)。

 原告は、この最高裁判決における「空間的、時間的な拘束」を論拠として本件日当を給与所得であると主張しました。
 これに対し裁判所は、弁護士会会則に基づく法律相談等への従事義務は雇用契約又はこれに類する支配従属関係ではないとして、原告の主張を認めませんでした。「空間的、時間的な拘束」の前提である「雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」に該当するかどうかの検討が必要であったと思われます。
 また、「空間的、時間的な拘束」については、控訴審(大阪高裁平成21年4月22日判決)において、「無料法律相談の執行方法や態様の決定、対価額の決定については、その主催者等が一定の枠組みを設ける必要があるため、担当弁護士の随意が制限されていることは間違いないけれども、自治体が住民に無料法律相談サービスを提供するには、相談の日時、場所、時間、相談内容の範囲等の大枠を設けることは不可欠であり、この枠踏みに従って担当弁護士が執務すべきことは当然のことであるから、この枠組みが設定されていることが、無料法律相談所で弁護士の行う法律相談業務の事業性を損なうものとはいえない。」と補足しています。
 
 原告の主張のもう一つの論拠は、 所得税基本通達28-9の2(医師又は歯科医師が支給を受ける休日、夜間診療の委嘱料) の取扱いが本件日当についても類似例として当てはまる、というものでした。
 これに対し裁判所は、休日診療等に対する報酬の支払者とその支払いを受ける医師等との間の法律関係は、本件相談業務に関する原告と弁護士会との間の法律関係とは異なるとして、 原告の主張を認めませんでした。
 裁判所が認定した事実を基に、弁護士会の法律相談センターにおける弁護士の法律相談と、地方公共団体等の開設する休日診療所等における医師等の休日診療等の法律関係を比較すると、次のようになります。

 原告が類似例として主張の論拠とした所得税基本通達28-9の2(医師又は歯科医師が支給を受ける休日、夜間診療の委嘱料等)には、次のように給与所得に当たるものが例示されています。

28-9の2 医師又は歯科医師が、地方公共団体等の開設する救急センター、病院等において休日、祭日又は夜間に診療等を行うことにより地方公共団体等から支給を受ける委嘱料等は、給与等に該当する。(昭55直所3-19、直法6-8追加)

 医師又は歯科医師が、 地方公共団体等の開設する救急センター 等において行う休日診療等には、以下の特徴があります。

① これらの救急センター等備付けの人的、物的施設を使用する。
② 救急センター等の医薬品を投与する。
③ 当該診療等に係る報酬は当該救急センター等に帰属する。
④ 当該診療等に従事する医師又は歯科医師には、当該救急センター等から一定の報酬が支給されることが多い。
⑤ 派遣契約においては、被派遣者は派遣先の指揮命令に服することとなる。

 上記通達は、このような休日、夜間診療等の委嘱料の実態を前提に、当該委嘱料は給与所得に該当することを明らかにしています。
 本件における原告の主張には、弁護士会の無料法律相談と医師等の休日診療等との異同につき、従事者と主催団体との法律関係など業務の具体的態様に対する検討が必要であったと思われます。

※ 参考:本ブログ記事「外注費か給与か・・・国税庁の判断基準

1,000万円以上でも高額特定資産に該当しないケースとは?

1.棚卸資産に係る消費税額の調整措置の改正

 消費税法には、免税事業者が課税事業者になった場合や、課税事業者が免税事業者になった場合に、棚卸資産の調整措置という規定があります(消費税法第36条第1項又は第3項)。
 免税事業者が課税事業者になった場合を前提にすると、棚卸資産の調整措置とは、免税事業者が課税事業者となる日の前日に、免税事業者であった期間中に行った課税仕入れ等に係る棚卸資産を有している場合、その棚卸資産の課税仕入れ等に係る消費税額を課税事業者となった課税期間の課税仕入れ等とみなして、仕入税額控除の計算の対象とする制度です。

 この棚卸資産の調整措置について改正が行われ、2020(令和2)年4月1日以後に高額特定資産である棚卸資産について棚卸資産の調整措置の適用を受けた場合は、その適用を受けた課税期間の翌課税期間からその適用を受けた課税期間の初日以後3年を経過する日の属する課税期間までの各課税期間については、免税事業者になることができないこととされました。
 また、当該3年を経過する日の属する課税期間の初日の前日までの期間は、消費税簡易課税制度選択届出書を提出することができないこととされました。
 なお、高額特定資産とは、一の取引単につき、課税仕入れ等に係る支払対価の額(税抜き)が1,000万円以上の棚卸資産又は調整対象固定資産をいいます。

出所:国税庁ホームページ

2.高額特定資産でない棚卸資産は改正の適用外

 不動産販売業を営むA社が当期から課税事業者になったため、この棚卸資産の調整措置について確認している過程で疑問が生じました。

 A社においては、土地や建物といった不動産は棚卸資産であり、その取得価額は、ほとんどの場合1,000万円以上になります。 
 例えば、A社が建物付き土地を一括で1,000万円(税込1,050万円)で購入し、これを固定資産税評価額(建物:土地=1:1とします)で按分すると、建物の取得価額は500万円(税込550万円)、土地の取得価額は500万円(消費税は非課税)となります。
 購入後、売却までに100万円(税込110万円)のリフォームをして、最終的に棚卸資産の価額が建物600万円(税込660万円)、土地500万円、合計1,100万円(税込1,160万円)になったとします。
 この場合、この棚卸資産が高額特定資産に該当するか否かの判定は、建物だけで判定すると課税仕入れ等に係る支払対価の額(税抜き)が600万円となるので非該当、建物だけではなく土地も含めて判定すると1,100万円となるので該当、ということになります。
 一の取引単位には、建物付き土地を一括で購入していますので、建物も土地も含まれますが、課税仕入れ等に係る支払対価の額(税抜き)には、非課税である土地は含まれないのではないか?このような疑問が生じました。
 A社については、当期は棚卸資産の調整措置の適用を受け、翌期は簡易課税制度の適用を視野に入れていましたので、都合のいい解釈になっていないかどうか確認する必要があります。
 冷静になって考えると、「課税仕入れ等」とは、課税仕入れ及び課税貨物の引取りをいいますので、課税仕入れ等に係る支払対価の額(税抜き)には非課税である土地は含まれないことになります(当然ですが)。
 したがって、高額特定資産に該当するか否かの判定においては、非課税である土地は含めず課税取引である建物だけで判断することになります。
 つまり、高額特定資産でない棚卸資産は、棚卸資産の調整措置の適用を受けても、免税事業者や簡易課税選択におけるいわゆる3年縛りはないということになります。

 不動産販売業者に限らず、高額特定資産に該当するか否かの判定は、課税取引だけで判断します。高額特定資産の判定は、棚卸資産の調整措置だけではなく、「高額特定資産を取得等した場合の納税義務の免除の特例」や「居住用賃貸建物の取得等に係る仕入税額控除の制限」にも関わってきます。