無申告でも所得税の青色申告は取り消されない

 個人事業主のAさんから確定申告に関する相談がありました。Aさんは喫茶店を営んでいましたが、ご自身が高齢(とはいえ、まだ70代前半)になったことなどを踏まえて、一旦事業を廃止することを考えているとのことでした。その際、税務署に何か届出をしないといけないか、というご相談でした。
 「一旦事業を廃止する」ということは、数年後に事業を再開する可能性もあるということです。

1.事業を廃止した場合の届出

 個人事業者が事業を廃止した場合には、次の書類を税務署に提出する必要があります。

(1) 個人事業の開業・廃業等届出書
 個人事業を廃止したときは、廃止した日から1月以内に提出します。
 なお、管轄の都道府県税事務所には、「事業開始(廃止)等申告書」を廃止した日から10日以内に提出します。

(2) 所得税の青色申告の取りやめ届出書
 青色申告をしている場合に、青色申告をやめようとする年の翌年3月15日までに提出します。

(3) 事業廃止届出書
 消費税の課税事業者で、廃止する事業のほかに課税売上に当たる所得がない場合に速やかに提出します。

(4) 給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書
 従業員や専従者に給与を支払っていた場合は、事務所を廃止した日から1月以内に提出します。
 なお、事業を行う事務所等を廃止した場合には、上記(1)の「個人事業の開業・廃業等届出書」を所轄税務署長に提出することになっていますので(所得税法229条)、この「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」を提出する必要はありません(所得税法230条)。

(5) 所得税及び復興特別所得税の予定納税額の減額申請書
 予定納税義務のある個人事業者が、事業の廃止や休業等により予定納税額が多すぎると見込まれる場合に、予定納税額の減額を求める手続です。以下の期間に提出します。
① 第1期分および第2期分の減額申請は、その年の7月1日から7月15日まで
② 第2期分のみの減額申請は、その年の11月1日から11月15日まで

2.青色申告の取りやめ届出書の提出は慎重に

 Aさんの場合、上記のうち、(1)個人事業の開業・廃業等届出書と(2) 所得税の青色申告の取りやめ届出書を提出する必要がありました。
 Aさんはしばらく休養した後、2~3年後に店舗を改装したうえで再び喫茶店を始めることを考えていました。事業再開の可能性がありますので、廃業というよりは休業という状態でした。
 このような状況のもと、(1)の個人事業の開業・廃業等届出書については、これを提出したとしても、その後に事業所得が発生すれば申告・納税の必要がありますので、形式的な手続きといえます。

 しかし、(2)の 所得税の青色申告の取りやめ届出書については、慎重に考えないといけません。
 これを提出すると、その後に事業を再開した場合に「所得税の青色申告承認申請書」を提出しなければ青色申告の特典が受けられず、さらにその提出期限を誤ると青色申告の適用が1年遅れてしまうからです(青色申告承認申請書の提出期限については、本ブログ記事「青色申告特別控除と青色申告承認申請書の提出期限の注意点」を参照)。この点を考慮すると、できれば取りやめ届出書は提出せずに済ませたいところです。
 問題は、青色申告の取りやめ届出書を提出しない場合は、たとえ無申告でも青色申告の効力が継続できるか否かという点です。

3.法人の青色申告は2期連続無申告の場合取り消される

 法人の青色申告の承認の取消しについては、次の法人税法第127条第1項に定められています。

第121条第1項(青色申告)の承認を受けた内国法人につき次の各号のいずれかに該当する事実がある場合には、納税地の所轄税務署長は、当該各号に定める事業年度まで遡つて、その承認を取り消すことができる。この場合において、その取消しがあつたときは、当該事業年度開始の日以後その内国法人が提出したその承認に係る青色申告書(納付すべき義務が同日前に成立した法人税に係るものを除く。)は、青色申告書以外の申告書とみなす。

第1号 その事業年度に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が前条第1項に規定する財務省令で定めるところに従つて行われていないこと

第2号 その事業年度に係る帳簿書類について前条第2項の規定による税務署長の指示に従わなかつたこと

第3号 その事業年度に係る帳簿書類に取引の全部又は一部を隠蔽し又は仮装して記載し又は記録し、その他その記載又は記録をした事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があること

第4号 第74条第1項(確定申告)の規定による申告書をその提出期限までに提出しなかつたこと

 また、上記法人税法第127条第1項第4号の規定による取り消しは、国税庁ホームページの事務運営指針によると、「2事業年度連続して期限内に申告書の提出がない場合に行うものとする。この場合、当該2事業年度目の事業年度以後の事業年度について、その承認を取り消す。」とされています。

 つまり、法人については、2期連続して期限後申告(無申告を含む)をすると、2期目から青色申告が取り消されます

4.個人の青色申告は無申告でも取り消されない

 法人と同様に、個人の青色申告の承認の取消しについては、次の所得税法第150条第1項に定められています。

第143条(青色申告)の承認を受けた居住者につき次の各号のいずれかに該当する事実がある場合には、納税地の所轄税務署長は、当該各号に掲げる年までさかのぼつて、その承認を取り消すことができる。この場合において、その取消しがあつたときは、その居住者の当該年分以後の各年分の所得税につき提出したその承認に係る青色申告書は、青色申告書以外の申告書とみなす。

第1号 その年における第143条に規定する業務に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が第148条第1項(青色申告者の帳簿書類)に規定する財務省令で定めるところに従つて行なわれていないこと

第2号 その年における前号に規定する帳簿書類について第148条第2項の規定による税務署長の指示に従わなかつたこと

第3号 その年における第1号に規定する帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し又は記録し、その他その記載又は記録をした事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があること

 法人税法第127条第1項と所得税法第150条第1項のそれぞれ第1号から第3号までの内容は同じです。
 ところが、所得税法第150条第1項には法人税法第127条第1項第4号のような規定がありません。
 つまり、個人については、期限後申告や無申告の場合でも青色申告は取り消されないということです。所得税法第150条第1項では、申告書の未提出は青色申告の承認取り消しの要件となっていないため、休業中であっても法人のように申告書を提出する必要はありません。
 個人の場合は、青色申告の取りやめ届出書を提出しない限り、無申告でも青色申告の効力は継続します。

 Aさんには、以上の点を踏まえて、2~3年後の事業再開に備えて「個人事業の開業・廃業等届出書」と「所得税の青色申告の取りやめ届出書」を提出せずに、休業の手続きをとることを提案しました。

青色申告特別控除と青色申告承認申請書の提出期限の注意点

 不動産所得、事業所得、山林所得を生ずべき業務を行う方は、税務上さまざまな特典がある「青色申告」を選択することができます。 

1.65万円の青色申告特別控除の要件

 青色申告者に対する特典はいろいろありますが、青色申告特別控除もその1つです。
 青色申告者は、次の要件を満たす場合に、不動産所得の金額又は事業所得の金額から最高65万円の青色申告特別控除額を控除することができます

(1) 現金主義を選択していないこと
(2) 事業的規模の不動産所得又は事業所得を生ずべき事業を営む者であること
(3) 正規の簿記の原則に従い取引を記録していること
(4) 貸借対照表、損益計算書を確定申告書に添付していること
(5) 期限内に申告書を提出していること

 上記の要件を満たさない場合は、最高10万円の控除となります。気をつけなければならないのは、上記(5)の要件を満たさない場合(期限後申告の場合)でも、10万円の青色申告特別控除の適用はあるという点です。

※ 2018年度(平成30年度)改正で、2020年(令和2年)分の所得税確定申告から、青色申告特別控除額が65万円から55万円に変わりました。
 ただし、e-Taxによる申告(電子申告)又は電子帳簿保存を行うと、引き続き65万円控除を受けることができます。
 改正内容については、本ブログ記事「電子申告したのに青色申告特別控除額が55万円?」をご覧ください。

2.65万円の青色申告特別控除の注意点

 青色申告特別控除額は、不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額の順序で控除しますが、山林所得は65万円の控除の適用はありません。
 また、控除できる金額は、青色申告特別控除前の所得金額を限度とします。 例えば、不動産所得の金額が50万円の場合は、65万円ではなく50万円の控除となります。つまり、青色申告特別控除によって、不動産所得がマイナスになることはありません。 

 なお、65万円の青色申告特別控除について当初申告の確定申告書に記載した金額を適用上限とする(修正申告等で増額できない)措置が、2011年(平成23年)分以後の所得税で廃止されました。したがって、当初申告の確定申告書に50万円の特別控除額が記載されていたとしても、修正申告等で所得が増加した場合には最大で65万円の特別控除を受けることができます。

3.青色申告承認申請書の提出期限に注意

 青色申告の特典の一つとして青色申告特別控除を挙げましたが、青色申告を選択するためには「青色申告承認申請書」を税務署に提出して承認を受ける必要があります。その提出期限を誤ると青色申告の適用が翌年になってしまうため、気をつけなければなりません。 

 青色申告承認申請書の提出期限は、以下のとおりです。

(1) 白色申告から青色申告に変更する場合
  →その年の3月15日

(2) 新規開業した場合
① 開業した日が1月1日~1月15日→開業した年の3月15日
② 開業した日が1月16日~12月31日→開業日から2か月以内

(3) 相続により事業を承継した場合
① 被相続人が青色申告をしていた場合
 イ.相続開始を知った日が1月1日~8月31日→相続開始日から4か月以内
 ロ.相続開始を知った日が9月1日~10月31日→その年の12月31日
 ハ.相続開始を知った日が11月1日~12月31日→翌年2月15日
② 被相続人が白色申告をしていた場合
 イ.相続開始を知った日が1月1日~1月15日→相続した年の3月15日
 ロ.相続開始を知った日が1月16日~12月31日→相続開始日から2か月以内

 注意を要するのは、相続により事業を承継した場合です。
 例えば、被相続人の事業(白色申告)を承継した相続人が新たに青色申告をする場合、提出期限は相続開始後4か月以内(準確定申告書の提出期限)ではなく、その年の3月15日と相続開始後2か月以内のいずれかとなります。
 また、被相続人の業務を承継した相続人が、すでに白色申告で不動産や事業などの業務を営んでいる場合は、提出期限は原則どおりその年の3月15日となります。