免税事業者がインボイス発行事業者となる場合の事前準備

 2023(令和5)年10月1日から適格請求書等保存方式(インボイス制度)がスタートします。
 現在課税事業者で今後も課税事業者が続くと見込まれる場合や、現在は免税事業者だけど2023(令和5)年10月1日時点では課税事業者であり、それ以降も課税事業者であることが見込まれる場合は、インボイス発行事業者の登録をしない理由はないと言えます。
 一方、現在免税事業者で今後も免税事業者であることが見込まれる場合は、インボイス発行事業者の登録をすべきか否かについて、免税事業者の方は非常に悩ましい判断を迫られています。
 今回は、いろいろと検討した結果、インボイス制度のスタートに合わせてインボイス発行事業者になるという決断をした免税事業者の、事前に必要な準備について述べていきます。

1.消費税を意識した記帳を今から始める

 免税事業者がインボイス発行事業者の登録をするということは、当然のことながら課税事業者になることを意味します。つまり、消費税の申告納税義務が生じます。
 この場合、個人事業主と12月決算法人を前提(以下2、3において同じ)とすると、消費税の申告対象となる期間は2023(令和5)年1月1日~同年12月31日の1年間ではなく、2023(令和5)年10月1日~同年12月31日までの3か月間になります。
 免税事業者の方は、会計ソフトを使用している場合も手書きや表計算ソフト等で帳簿を作成している場合も、これまでは消費税を意識した記帳は行っていなかったと思われます。
 しかし、課税事業者になると、消費税についてもきっちり記帳をしなければ消費税の申告納税をすることができません。免税事業者である今のうちから、消費税を意識した記帳を行って、申告納税に備える必要があります(今のうちに練習をしておくということです)。
 また、下記3で述べるように、課税事業者になったときの納税額の有利不利をシミュレーションするためにも、免税事業者のうちから消費税を意識した記帳を行う必要があります。

2.棚卸資産に係る調整措置を適用する

 消費税の納税額は、売上に係る消費税(売ったときに受け取った消費税)から仕れに係る消費税(買ったときに支払った消費税)を差引いて計算します。例えば、税率を10%とすると、77,000円で仕入れた商品を110,000円で売った場合、納税額は10,000円(受け取った消費税)から7,000円(支払った消費税)を差引いた3,000円になります。この支払った消費税を差引くことを「仕入税額控除」といいます。
 しかし、免税事業者のときに仕入れた商品等を課税事業者になってから販売すると、消費税納税額の計算上、売上に係る消費税(課税事業者になってから受け取った消費税)は計上されますが、仕入れに係る消費税(免税事業者のときに支払った消費税)は差引くこと(仕入税額控除)ができません。
 このような不合理を調整するために、免税事業者が課税事業者になった場合に、免税事業者時代の棚卸資産(商品や原材料などの在庫)に含まれる消費税を仕入税額控除できる「棚卸資産に係る調整措置」が設けられています。
 免税事業者が今回のインボイス制度導入に合わせて課税事業者になった場合に当てはめると、2023(令和5)年9月30日時点の棚卸資産に含まれる消費税を、課税事業者になった2023(令和5)年10月1日~同年12月31日の期間で仕入税額控除できることになります。
 今回この調整措置を適用するためには、棚卸し(在庫の確認)を決算期の12月31日だけではなく、免税事業者最終日の9月30日にも行う必要があります。
 この調整措置は納税者有利の規定ですから、卸売業や小売業、飲食店業など、棚卸資産のある業種の事業者の方は、忘れずに適用してください。ただし、下記3の簡易課税制度を選択する場合は適用できません。

3.簡易課税の選択を検討する

 消費税の仕入税額控除の方法には、原則課税と簡易課税があります。
 原則課税は、商品等を購入した際の領収書等から実際に支払った消費税を集計し、これを受け取った消費税から差し引いて納税額を計算します。
 一方、簡易課税は、業種ごとに決められた「みなし仕入率※1」という一定の割合を、受け取った消費税に乗じて(掛け算して)支払った消費税を算出します。
 例えば、小売業の場合、77,000円で仕入れた商品を110,000円で売ったとき、原則課税で計算した「支払った消費税」は7,000円(納税額は3,000円)になりますが、簡易課税では、小売業のみなし仕入率は80%ですので、「支払った消費税」は受け取った消費税10,000円に80%を乗じた8,000円(納税額は2,000円)になります。
 この計算例でわかるように、簡易課税は、原則課税のように実際に支払った消費税を領収書等から集計する必要がありません(売上高がわかれば納税額の計算ができます)。つまり、インボイス制度が導入されてもインボイスを保存する必要がないので、経理事務負担が軽減されるということです※2
 また、上記の計算例のように、実際の仕入率(支払った消費税7,000円÷受け取った消費税10,000円=70%)よりみなし仕入率(小売業80%)の方が高い場合は、簡易課税の方が原則課税よりも納税額が少なくなります。逆に、実際の仕入率がみなし仕入率より高い場合は、納税額が原則課税より増えます。
 このように、実際の仕入率とみなし仕入率の関係によっては、簡易課税の方が税負担が軽減される場合があるということです。
 うまくいけば、事務負担も税負担も軽減されますので、簡易課税の選択は検討する価値があります※3

 ただし、簡易課税を選択する場合には、次の点に留意しなければなりません。

(1) 基準期間の課税売上高が5,000万円以下であること。
 この制限に関しては、今回は免税事業者(基準期間の課税売上高1,000万円以下)が課税事業者になる場合を述べていますので、クリアしています。

(2) 簡易課税を選択する場合は、「簡易課税制度選択届出書」を税務署に提出する必要がある。
 通常は、適用を受けようとする課税期間の初日の前日までに提出しなければなりませんが、今回のインボイス制度導入に合わせて免税事業者が課税事業者になる場合は、2023(令和5)年12月31日までに提出すればよいことになっています。

(3) 簡易課税を選択した場合は、2年間継続適用しなければならない。
 簡易課税を初めて選択した次の年度に原則課税の方が有利になる場合でも、簡易課税を継続適用しなければなりません。

※1 みなし仕入率

事業区分 該当する事業 みなし仕入率
第1種 卸売業 90%
第2種 小売業 80%
第3種 農業、林業、漁業、建設業、製造業など 70%
第4種 飲食店業など 60%
第5種 金融・保険業、運輸通信業、サービス業 50%
第6種 不動産業 40%

※2 所得税法・法人税法上は、受領した請求書等は保存しなければなりません。

※3 2022(令和4)年12月23日に閣議決定された令和5年度税制改正大綱において、売上税額の2割納税の特例が設けられました。簡易課税制度の選択にあたっては、この2割納税の特例との有利不利を考慮する必要がありますので、ご注意ください。2割納税の特例については、本ブログ記事「インボイス制度に係る支援措置:売上税額の2割納税」を、2割納税の特例と簡易課税制度の有利不利については「売上税額の2割納税の特例と簡易課税制度はどちらが有利か?」をご参照ください。