不動産所得の計算上、 不動産の貸付けが事業と称するに足りる規模(事業的規模)で営まれているか否かによって、次の経費の取扱いに差異が設けられています。
(1) 資産損失
(2) 貸倒損失
(3) 貸倒引当金
(4) 青色事業専従者給与
(5) 事業専従者控除
(6) 青色申告特別控除
(7) 確定申告における延納に係る利子税 など
これらの取扱いについては、不動産所得を生ずべき業務が事業的規模として行われている場合は、事業と称するに足りない規模(業務的規模)で行われている場合よりも有利になります(取扱いの差異については、本ブログ記事「不動産貸付の事業的規模と業務的規模における経費の取扱いの違い」をご参照ください)。したがって、不動産の貸付けが事業的規模であるか業務的規模であるかの判定は、不動産所得を計算するうえで非常に重要です。
今回は、不動産の貸付けが事業的規模であるか否かの判定基準について確認します。
1.建物の貸付けの判定基準(形式基準)
不動産の貸付けが事業と称するに足りる規模(事業的規模)で営まれているか否かのうち、建物の貸付けについては、所得税基本通達26-9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定)で次のように規定されています。
26-9 建物の貸付けが不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうかは、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で建物の貸付けを行っているかどうかにより判定すべきであるが、次に掲げる事実のいずれか一に該当する場合又は賃貸料の収入の状況、貸付資産の管理の状況等からみてこれらの場合に準ずる事情があると認められる場合には、特に反証がない限り、事業として行われているものとする。
(1) 貸間、アパート等については、貸与することができる独立した室数がおおむね10以上であること。
(2) 独立家屋の貸付けについては、おおむね5棟以上であること。
これは、いわゆる5棟10室基準と呼ばれるもので、この形式基準を満たす場合は不動産の貸付けが事業として行われているものとされます。課税実務上比較的容易に認定し得る貸付の規模を明らかにしたものといえます。
建物の貸付けについては、上記の所得税基本通達26-9に判定基準が定められていますが、土地の貸付けについては、所得税基本通達に定めがありません。
しかし、土地の貸付けの判定基準についても、国税庁では下記のような取扱いを公表しています(審理専門官情報第23号 大阪国税局個人課税審理専門官 平成19年1月26日質疑事例0108-1)。
2.土地の貸付けの判定基準(形式基準)
国税庁で公表されている質疑事例0108-1各種所得の区分と計算(事例1-8 土地を貸し付けている場合の事業的規模の判定)は次のとおりです。実務上はこれを参考にすることになります。
[質疑内容]
土地の貸付けが不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうかの判定はどのように行うのか。
[回答]
土地の貸付けが事業として行われているかどうかの判定は、次のように行われる。
① 土地の貸付けが不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうか は、第一義的には、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で土地の貸付けが行われているかどうかにより判定する。
② その判定が困難な場合は、所基通26-9に掲げる建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定の場合の形式基準(これに類する事情があると認められる場合を含む。)を参考として判定する。この場合、①貸室1室及び貸地1件当たりのそれぞれの平均的賃貸料の比、②貸室1室及び貸地1件当たりの維持・管理及び債権管理に関する役務提供の程度等を考慮し、地域の実情及び個々の実態に応じ、1室の貸付けに相当する土地の貸付件数を、「おおむね5」として判定する。
なお、具体的な判定に当たっては、次の点にも留意する。
・同一の者(その者と生計を一にする親族を含む。以下同じ。)に対して駐車場を2以上貸し付けている場合は、「土地の貸付け1件」として判定する。
・同一の者に対して建物を貸し付けるとともに駐車場を貸し付けている場合(駐車場については2以上貸し付けているときを含む。)は、「建物の貸付け1件」として判定する。また、貸付物件が2以上の者の共有とされている場合等の判定については、共有持分であん分した室数又は棟数によるのではなく、実際の(全体の)室数又は棟数によることにも留意する。
土地の事業的規模の判定は、1室の貸付けに相当する土地の契約件数をおおむね5件として判定します。
例えば、貸室数が2室と貸地の契約件数が45件の場合、貸室2室+(貸地45件÷5=9)=11室≧10室となり、事業的規模と判定されます。
貸家2棟と貸地の契約件数が45件の場合は、 5棟10室基準に満たないので事業的規模ではなく業務的規模と判定されます。
3.実質基準による判定
不動産の貸付けが事業的規模であるか否かの判定は、形式的には上記のように行います。
しかし、所得税基本通達26-9の冒頭にあるように、建物の貸付けが不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうかは、5棟10室という数値基準だけにとらわれず、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で貸付けを行っているかどうかという点(実質基準)からも判定されなければなりません。
この点については、相続税の事例ではありますが、東京地裁平成7年6月30日判決が参考になります。
この判決を要約すると、①不動産貸付けが事業といえるためには事業所得を生ずる事業と同程度の役務提供は要求されないこと、②専らその規模の大小(貸付件数)によってのみ事業性の判断がされるべきものとは解し得ないこと、③いわゆる5棟10室基準は一定以上の規模を有することを示す形式的な基準であってこの基準が必要条件ではないこと等の考えを裁判所は示しています。
そのうえで、不動産貸付けが事業に当たるかどうかは、営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における事業遂行性の有無、その取引に費やした精神的肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点を総合して社会通念上事業といい得るかどうかによって判断すべきとしています。この考え方は、所得税基本通達26-9にも通ずるものといえます。
形式基準を満たさなくても、実質基準により事業的規模と判定された裁決例もあります(昭和52年1月27日裁決)。詳しくは本ブログ記事「5棟10室未満でも不動産貸付が事業的規模とされた事例」をご参照ください。