役員報酬月額を低額に抑えて賞与を支給する社会保険料節約術の税務上のリスク

1.社会保険料節約スキーム

 社会保険料の負担を軽減するため、役員の報酬月額を極端に低く抑え、その代わりに賞与(事前確定届出給与)を支給するという方法を、数年前から耳にするようになりました。
 この方法では社会保険料の負担を減らすことができますが、それは、賞与に係る健康保険料と厚生年金保険料に上限が設けられているためです。

 賞与に係る社会保険料の上限は、賞与の支給額が健康保険料については年間累計で573万円、厚生年金保険料については1回の支給につき150万円となっています。
 つまり、賞与の支給額がこれらの上限を超える場合、例えば1,000万円の賞与を支給したとしても、健康保険料については573万円、厚生年金保険料については150万円をベースに社会保険料が計算されることになります。
 したがって、毎月の役員報酬を低く抑える一方、上限を超える役員賞与を支給すると、上限を超える部分の社会保険料は支払わなくてよいことになるので、社会保険料の節約になります。

 例えば、毎月100万円(年間1,200万円)の役員報酬の支給を、毎月10万円の役員報酬と1080万円の役員賞与の支給に変更した場合は、どれくらいの節約になるでしょうか?
 以下において、次の前提の下でシミュレーションをしてみます。

【前提】
・年齢50歳(配偶者あり)
・健康保険組合は協会けんぽ(兵庫)、一般の事業
・2021(令和3)年4月時点の税率、保険料に基づいて計算

 毎月100万円(年間1,200万円)の役員報酬を支給した場合の社会保険料(会社負担分+個人負担分)は、次のとおりです。

健康保険料 117,992円
厚生年金保険料 118,950円
子ども・子育て拠出金 2,340円
合計(月額) 239,282円
合計(年額) 2,871,384円

 毎月10万円の役員報酬と1,080万円の役員賞与を支給した場合の社会保険料(会社負担分+個人負担分)は、次のとおりです。

  役員報酬10万円 役員賞与1,080万円
健康保険料 11,799.2円 689,892円
厚生年金保険料 17,934円 274,500円
子ども・子育て拠出金 353円 5,400円
合計(月額) 30,086円 969,792円
合計(年額) 361,032円 969,792円

 以上の結果から、毎月100万円(年間1,200万円)の役員報酬の支給を、毎月10万円の役員報酬と1,080万円の役員賞与の支給に変更した場合は、2,871,384円-(361,032円+969,792円)=1,540,560円の社会保険料の節約(年額)になります。

2.税金を考慮しても有利?

 役員報酬月額を低く抑えて役員賞与を支給する方法は、上記のとおり社会保険料の節約になりますが、社会保険料が減るということは、会社の利益や個人の所得から控除できる額も減ることになりますので、その分の法人税等や所得税、住民税が増えることになります。

 社会保険料は、会社と個人が折半して負担しますので、1,540,560円を節約することにより、会社の利益と個人の所得がそれぞれ770,280円ずつ増えることになります。
 この増えた部分に対して税金がどれくらいかかるのかをシミュレーションすると、下表のようになります。税率は、法人税等31%、所得税33%、住民税10%としています。

法人税等 238,786円
所得税 254,192円
住民税 77,028円
合計 570,006円

 社会保険料を1,540,560円節約した結果、税金が570,006円増えますが、それでも1,540,560円-570,006円=970,554円だけ社会保険料の節約効果の方が大きいことがわかります。税金を考慮しても、この社会保険料節約スキームは有利であるといえます。

3.税務上のリスク

 この社会保険料節約スキームを実行するには、税務署に事前確定届出給与に関する届出をし、その届出通りの支給をしなければなりません。
 では、届出通りの支給をしている場合、役員賞与は損金の額に算入できるのでしょうか?

 法人が役員に対して支給する給与の額については、定期同額給与、事前確定届出給与及び業績連動給与に該当する場合は、原則として損金の額に算入されますので、事前確定届出給与の届出をし、そのとおりに給与と賞与を支給しているのであれば、その点では損金の額に算入することが認められます(法人税法34条1項2号)。

 一方、法人税法34条2項は、役員給与のうち不相当に高額な部分の金額は損金に算入しない旨を規定しています。
 ここで懸念されるのは、各月の役員報酬の支給額と役員賞与の支給額に大きな差がある場合、その差額部分の金額は不相当に高額であるとして損金の額に算入されないのではないか、ということです。
 先の例では、年間の給与総額が120万円で賞与の額が1,080万円、合計で1,200万円ですが、税法が定める不相当に高額な給与とは、各月の給与の支給額や個々の賞与の額で判定するのか、年間の支給総額で判定するのか、について疑問が生じます。

 この不相当に高額な部分の判定基準は、以下の実質基準と形式基準の2つが規定されており、これらの基準により算出される超過金額のうち、多い方の額を過大とすることとされています(法人税法施行令70条)。

(1) 法人が各事業年度においてその役員に支給した給与の額が、その役員の職務の内容、その法人の収益及びその使用人に対する給与の支給の状況その法人と同種の事業を営む法人で事業規模が類似するものの役員に対する給与の支給の状況等に照らし、その役員の職務に対する対価として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額(実質基準)
(2) 定款の規定又は株主総会等の決議により役員に対する給与として支給することができる金銭の額の限度額若しくは算定方法等を定めている法人が、各事業年度においてその役員に対して支給した給与の額の合計額がその事業年度に係るその限度額及びその算定方法により算定された金額等を超えるにはその超える部分の金額(形式基準)

 税法の規定振りを見ると、「 各事業年度においてその役員に支給した給与の額 」又は「 各事業年度においてその役員に対して支給した給与の額の合計額 」とされており、各月の給与の支給額とも個々の賞与の額とも書かれていません。
 つまり、不相当に高額な部分の金額は、 各月の給与の支給額や個々の賞与の額で判定するのではなく、年間の支給総額で判定する ことになります。先の例では、報酬月額10万円や賞与1,080万円で判定するのではなく、支給総額の1,200万円で判定します。

 したがって、各月の役員報酬の支給額と役員賞与の支給額に大きな差があったとしても、事前確定届出給与の届出のとおりに支給されており、その支給した給与の合計額が不相当に高額であると認められない場合には、損金の額に算入されます
 結局のところ、この問題は、役員に支給した給与と賞与の総額が不相当に高額であるか否かという点に帰結します。