独立した第三者間で不動産売買が行われる場合、その売買価額について税務上の問題は通常生じません。しかし、同族関係にある会社と役員の間で行われる不動産売買については、その売買価額の決定に恣意性が介入する可能性があります。
その結果、会社又は役員のいずれかが過大に利益を受けたり、税負担が不当に軽減されたりするため、その売買価額が適正であるか否かについて税務署のチェックは厳しいものとなります。
もし、その売買価額が適正でないと判断された場合には、思わぬ税負担が生じることもありますので、売買価額は慎重に決定しなければなりません。
今回は、同族関係にある会社と役員の間で行われる不動産売買について、その売買価額(時価)の算定方法を確認します。
1.不動産の適正な時価とは?
時価とは、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立すると認められる価額、すなわち客観的な交換価値をいうものと一般的に解されています。
しかし、所得税法・法人税法では「その時における価額」とされているだけで、時価の算定方法を示した明確な規定はありません。
一方、通達には時価に関するいくつかの規定があります。法人税基本通達4-1-3及び9-1-3(時価)では、時価について「当該資産が使用収益されるものとしてその時において譲渡される場合に通常付される価額」と規定しています。
また、法人税基本通達4-1-8及び9-1-19(減価償却資産の時価)では、「当該資産の再取得価額を基礎として旧定率法により償却を行ったものとした場合に計算される未償却残高に相当する金額によっているときは、これを認める」旨が規定されています。
さらに、法人税基本通達12の3-2-1(連結納税の開始等に伴う時価評価資産に係る時価の意義(2)土地)において、「当該土地につき近傍類地の売買実例を基礎として合理的に算定した価額又は当該土地につきその近傍類地の公示価格等から合理的に算定した価額をもって当該土地の価額とする方法」によりその時の価額を算定しているときは、課税上弊害がない限りこれを認めると規定しています。
これらの通達などを基に、以下で不動産(土地と建物)の時価の算定方法をみていきます。
2.土地の時価の算定方法
(1) 一般的な時価の算定方法
実務上採用されている適正な時価の算定方法には、以下のものがあります。
① 不動産鑑定評価に基づく方法
不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準等に基づき算定する方法です。合理的な方法の一つですが、不動産鑑定士に対する報酬などの費用負担を伴います。
② 売買実例価額に基づく方法
類似する近隣の売買実例との比較等により算定する方法です。所得税法・法人税法では、最も合理的で相当な方法と解されていますが、実際に売買実例に基づいて時価を算定することは、時間的、場所的及び物件的、用途的な同一性の点で、類似した物件の売買実例を把握することに技術面や費用面で困難を伴うことが多いといえます。
③ 地価公示価格に基づく方法
類似する近隣の地価公示価格に基づき算定する方法です。土地の形状などの条件が異なる場合には、土地の補正等が必要になります。
④ 相続税評価額÷80%
路線価が地価公示価格の80%を目安に設定されているため、路線価地域に所在する土地の相続税評価額を地価公示価格の水準に置き換える方法です。
⑤ 固定資産評価額÷70%
固定資産評価額が地価公示価格の70%を目安に設定されているため、土地の固定資産税評価額を地価公示価格の水準に置き換える方法です。
(2) 公示価格比準倍率による算定方法(参考)
公示価格比準倍率による算定方法とは、過去の裁判(東京高裁平3.11.21、千葉地裁平3.2.28,東京高裁平1.9.25)で採用された時価の算定方法であり、相続税評価額に公示価格比準倍率及び時点修正率を乗じて時価(公示価格水準)を算定する方法です。
具体的な算定方法は、次のとおりです。
Ⅰ 平均比準倍率の算出 |
次の簡単な数値例で、上記計算式の確認をします。
【設例】 ・会社が役員に対して会社所有の土地を譲渡する ・譲渡年月日:令和3年8月16日 ・評価対象地:1㎡当たりの相続税評価額250,000円、地積200㎡ ・比較対象地:3地点(A~C)の公示価格及び路線価
Ⅰ 平均比準倍率の算出 ① 譲渡年(R3)の比較対象地の公示価格比準倍率(小数点以下第3位四捨五入) A:320,000円÷252,000円=1.27(比準倍率) B:332,000円÷280,000円=1.19(比準倍率) C:330,000円÷267,000円=1.24(比準倍率) ② 平均比準倍率 (1.27+1.19+1.24)÷3=1.23 Ⅱ 譲渡日への時点修正 ① 比較対象地の公示価格の前年比(小数点以下第2位四捨五入) A:322,000円÷320,000円×100=100.6% B:340,000円÷332,000円×100=102.4% C:334,000円÷330,000円×100=101.2% 平均値:(100.6+102.4+101.2)÷3=101.4% ② 年初(1/1)から譲渡日(8/16)までの経過月数 1/1~8/16→8か月 ③時点修正率 1+(101.4-100)÷100×(8÷12)=1.009(小数点以下第4位四捨五入) Ⅲ 公示価格相当額(時価) 250,000円×1.23×1.009×200㎡=62,053,500円 |
この公示価格比準倍率による算定方法は、過去の裁判(個人から法人への土地の譲渡価額について、所得税法59条1項2号(みなし課税)及び法人税法22条(受贈益の認定課税)の適用の可否が争われた裁判)において被告である税務署長が主張した時価の算定方法です。
この判決の中で「公示価格は客観的な取引価格に近いものであるが、通常は時価をある程度下回るものであることは公知の事実である」と判示されており、この方法により算定した価額は、基本的には当該土地の時価を上回ることはなく、時価の範囲内での更正処分を認めたものです。したがって、この方法により算定した価額がただちに税務上の時価であるとはいえませんが、先に述べた法人税基本通達12の3-2-1にあるように、土地の時価の算定方法の一つとして参考になる評価方法といえます。
3.建物の時価の算定方法
実務上採用されている適正な時価の算定方法には、以下のものがあります。
① 不動産鑑定評価に基づく方法
不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準等に基づき算定する方法です。
② 売買実例価額に基づく方法
類似する近隣の売買実例との比較等により算定する方法です。評価の対象となる建物が中古物件の場合には、近隣の取引事例の把握が困難な場合が多いと思われます。
③ 相続税評価額(固定資産税評価額)に基づく方法
固定資産税評価額による方法です。利用状況に応じ、自家用家屋、貸付用家屋に区分されます。
④ 再取得価額から減価償却額を控除する方法(複成価格法)
売買を行う時点で、新品として取得する場合の価額(再取得価額)から経過年数に応じた減価償却額を控除する方法です。
なお、建物の再取得価額は、国土交通省の建築統計年報等に基づく建築価額当により計算することができます。