遺産分割前でも相続預金を引き出せる「払戻し制度」とは?

 相続が発生して被相続人(故人)の死亡を金融機関に連絡すると、被相続人の預金口座が凍結され、相続人(遺族)は自由に引き出しができなくなります。
 そうすると、被相続人と一緒に生活していた相続人が当面の生活費に困ったり、相続人が葬儀費用などを立替て支払う必要が出てきます。

 このような相続人の生活上の切迫したニーズに対応するため、2018(平成30)年7月の民法等の改正により、遺産分割協議が終了する前でも各相続人が単独で相続預金の一部を引き出せる「払戻し制度」が設けられ、2019(令和1)年7月1日から施行されています。

 今回は、この相続預金の払戻し制度の内容と注意点について確認します。

1.2つの払戻し制度

 相続預金の払戻し制度とは、遺産分割協議が終了する前でも各相続人が単独で相続預金を一定額まで引き出せる制度です。
 これにより、葬儀費用や被相続人の医療費などの支払い、相続人の当面の生活費などに充てることができます。

 払戻し制度は、遺産分割の公平性を図りつつ相続人の資金需要に対応できるように、次の2つの制度が設けられています。

(1) 金融機関への直接請求による払戻し制度

 2つの払戻し制度のうち、最初の選択肢となるのが、各相続人が直接金融機関に請求する方法です。
 家庭裁判所に遺産の分割の審判や調停が申し立てられていない場合は、こちらの方法を利用できます。

 各相続人は、相続預金のうち、口座ごと(定期預金の場合は明細ごと)に以下の計算式で求められる額については、家庭裁判所の判断を経ずに、金融機関から単独で払戻しを受けることができます。
  ただし、同一の金融機関(同一の金融機関の複数の支店に相続預金がある場合はその全支店)からの払戻しは150万円が上限になります。

単独で払戻しができる額=相続開始時の預金(口座・明細基準)×1/3×払戻しを行う相続人の法定相続分

 例えば、相続人が長男と次男の2名で、相続開始時の預金額が1口座の普通預金600万円であった場合、長男が単独で払戻しができる額は、600万円×1/3×1/2=100万円となります。

 この制度を利用するに当たっては、概ね以下の書類が必要となります。ただし、金融機関により必要となる書類が異なる場合がありますので、くわしくは取引金融機関にお問い合わせください。

① 被相続人の除籍謄本、戸籍謄本または全部事項証明書(出生から死亡までの連続したもの)

② 相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書

③ 預金の払戻しをする相続人の印鑑証明書

④ 預金の払戻しをする相続人の本人確認書類

(2) 家庭裁判所への申し立てによる払戻し制度

 家庭裁判所に遺産の分割の審判や調停が申し立てられている場合に、各相続人が家庭裁判所へ申し立ててその審判を得ることにより、相続預金の全部または一部を仮に取得し、金融機関から単独で払戻しを受けることができます。
 
 ただし、生活費の支弁等の事情により相続預金の仮払いの必要性が認められ、かつ、他の相続人の利益を害しない場合に限られます。

単独で払戻しができる額=家庭裁判所が仮取得を認めた金額

 この制度を利用するに当たっては、概ね以下の書類が必要となります。ただし、金融機関により必要となる書類が異なる場合がありますので、くわしくは取引金融機関にお問い合わせください。

① 家庭裁判所の審判書謄本(審判書上確定表示がない場合は、さらに審判確定証明書も必要)

② 預金の払戻しをする相続人の印鑑証明書

③ 預金の払戻しをする相続人の本人確認書類

2.払戻し制度の注意点

 払戻し制度の導入により、相続手続きが長期化しても、相続人が葬儀費用や医療費、当面の生活費を確保できるようになり、相続開始直後の経済的な混乱を緩和することが可能となりました。

 一方で、払戻し制度を利用するにあたっては、以下の点にも注意する必要があります。

(1) 払戻し制度によって引き出した預金は遺産分割の対象資産に含まれるため、遺産分割協議で決まった金額より多く引き出していた場合は超過額を精算し、過不足が生じないようにしなければなりません。

(2) 払戻し制度によって預金を引き出して費消してしまうと、単純承認したとみなされ相続放棄ができません。
 この制度を利用する前に、被相続人に多額の債務がないかどうかを確認しておく必要があります。

(3) 被相続人が遺言を残していた場合はその遺言が何より優先されますので、例えば、「預貯金の全額は長男が相続するものとする」という遺言がある場合は、預貯金は全て長男のものとなるため、他の相続人は引き出すことができません。

(4) 払戻し制度は同意不要とはいえ、一方的な預金の引き出しが原因で遺産分割協議が紛糾するケースもあります。
 可能であれば事前に他の相続人に連絡し、理解を得ておくなどして、他の相続人とのトラブルを防止する必要があります。