役員報酬の前払いは短期前払費用(経費)になりません

 決算間近の節税対策として、翌1年分の家賃や保険料を前払いして当期の経費とすることがあります。しかし、使い方を間違えると、税務調査の際に否認されてしまいます。
 最近も顧問先様から、この短期前払費用の特例を使って役員報酬を前払いしたいとの相談がありました。直感的に無理だと思いましたが、根拠を示さなければなりません。調べてみると、裁決事例集に同じような事例が載っていました。
 今回は、役員報酬の前払いが短期前払費用に該当しない(当期の経費にならない)ことを確認します。

1.設例

 裁決事例集No.65-343頁を参考に、以下の簡単な例を設けて説明します。

【設例】
(1) A社(3月決算法人)は○年3月25日に臨時株主総会を開き、以下の決議をした。
① 代表取締役甲の3月26日から翌年3月25日までの役員報酬を1,200万円とすること
② 甲が、上記①の期間中に辞任するか解任された場合は、原則として、年俸額を⽇数按分すること

(2) A社は、○年3月25日に額面金額100万円の約束手形12枚を振り出して甲に支給した。なお、約束⼿形の決済期⽇は、4⽉25⽇以降の各⽉の25⽇である。

2.債務は確定しているか?

 法⼈税法第22条第3項第2号は、内国法⼈の各事業年度の所得の⾦額の計算上当該事業年度の損⾦の額に算⼊すべき⾦額として、当該事業年度の販売費、⼀般管理費その他の費⽤(以下「費⽤等」という。)の額を掲げるとともに、その費⽤等の範囲について、償却費以外の費⽤の場合には、当該事業年度終了の⽇までに債務の確定しているものとする旨を規定しています。

 また、法⼈税基本通達2-2-12《債務の確定の判定》は、上記の「当該事業年度終了の⽇までに債務の確定しているもの」とは、別に定めるものを除き、当該事業年度終了の⽇までに、以下の3要件すべてを満たすものとしています。
(1) 当該費⽤に係る債務が成⽴していること(以下「債務成⽴要件」という)
(2) 当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発⽣していること(以下「給付原因発⽣要件」という)
(3) その⾦額を合理的に算定することができるものであること(以下「合理的算定要件」という)

 上記1の設例において、A社は甲に対する債務が確定しているので、甲に対する役員報酬1,200万円を当期に損金算入できると主張しています。臨時株主総会の決議でA社は甲に役員報酬を支払う法的義務があり、実際に手形を振り出して支払っているからです。

 A社の主張に対し、審判所は、A社と甲の間にA社がいう法的な債務が成⽴し、役員報酬が具体的に⽀払われていることを認めながらも、法⼈税法上いずれの事業年度の損⾦の額に算⼊されるべきかを判断する(債務の確定の判定)に当たっては、事業年度終了の⽇までに確定債務3要件(債務成立要件、給付原因発生要件、合理的算定要件)すべてを充⾜しなければならないことを確認しました。
 そして、臨時株主総会の決議によって、辞任や退職等によって労務の提供等がされない場合には役員報酬の⽀払義務が⽣じないことと定められていることからしても、役員報酬は、役務の提供等を受けることを具体的な給付原因として⽀出されるものであるから、給付原因発⽣要件を充⾜しているとは認められないとしました。
 したがって、当期の損⾦の額に算⼊すべき債務が確定しているものとは認められないので、具体的に役務の提供等を受ける翌事業年度の損⾦の額に算⼊すべきであると結論付けました。

 以上をまとめると、役員報酬は役員が株主からの委任を受けて業務を執⾏したことの対価として⽀払われるものであり、その職務等を全うすることによって初めて、役員は役員報酬を法⼈に請求することができ、法⼈においては、その時に⽀払債務が確定することになります。
 そうすると、当事業年度終了の⽇までに甲は労務の提供等をしていないから、給付原因発⽣要件を満たしているとはいえず、A社の⽀払債務は確定していないということになります。

3.短期前払費用に該当するか?

 法⼈税基本通達2-2-14《短期の前払費⽤》は、その前段において、前払費⽤(⼀定の契約に基づき継続的に役務の提供を受けるために⽀出した費⽤のうち、当該事業年度終了の時においてまだ提供を受けていないものをいう。以下同じ。)の額は、当該事業年度の損⾦の額に算⼊されないとの原則を定めるとともに、その後段において、前払費⽤の額でその⽀払った⽇から1年以内に提供を受ける役務に係るものを⽀払った場合において、その⽀払った額に相当する⾦額を継続してその⽀払った⽇の属する事業年度の損⾦の額に算⼊しているときは、これを認める旨の取扱い(以下「後段の取扱い」という。)を定めています。

 A社は、仮に債務が確定しておらず役員報酬が翌事業年度に対応する費⽤であるとしても、短期前払費用に該当するから、当期の損⾦の額に算⼊すべきであると主張しました。

 これに対し審判所は、前払費⽤は、企業会計上、⼀定の契約に従い、継続して役務の提供を受ける場合において、いまだ提供されていない役務に対して⽀払われる対価で、時間の経過とともに次期以降の費⽤となるものであり、また、前払費⽤のうち、重要性の乏しいものについては、重要性の原則から、これを経過勘定項⽬として処理しないことができ、その代表的なものは、未経過保険料、未経過利息、前払賃借料等で、時の経過に応じて⾃動的、合理的に費⽤化されるものであると説明しました。

 そして、前払費⽤は、本来、その⽀出事業年度の損⾦に算⼊されないのが原則であるが、上記のような企業会計の趣旨から、法⼈税法第22条第4項に規定する⼀般に公正妥当と認められる会計処理の基準といえる重要性の原則(企業の会計処理の基準となる原則の1つで、重要性の乏しいものについては本来の厳密な会計処理によらないで他の簡便な⽅法によることを認める旨の原則をいうに沿う限りにおいて、後段の取扱いを例外として適⽤する旨を定めているとしました。
 また、後段の取扱いは、重要性の原則の範囲内においてその適⽤が認められるべきものであり、同原則の範囲内か否かの判断に当たっては、前払費⽤の⾦額だけではなく、当該法⼈の財務内容に占める割合や影響等も含めて総合的に考慮する必要があるとしました。

 そのうえで審判所は、役員報酬は企業の業務を執⾏したことに対する対価として支払われ企業が営利活動を⾏う上で必要なものであり、企業活動の根幹に係る⾏為に対する対価であることからすると、会計科⽬としての重要性を有するとし、また、⼈件費のうちに甲に対する役員報酬の⾦額が占める割合も、⾼率かつ可変的であり、⾦額的にみても重要性を有するとしました。

 そうすると、役員報酬は、時の経過に応じて⾃動的、合理的に費⽤化されるような重要性の乏しい費⽤とは本質的にその性質を異にするものであると認められることから、役員報酬に対して後段の取扱いを適⽤することはできないと結論付けました。

 以上をまとめると、短期前払費用は前払費⽤に係る費⽤収益対応の原則の例外であり、重要性の原則に基づく会計処理を税務においても認めたものであるといえます。
 甲に対する役員報酬は、課税所得の計算上重要性が乏しいとは言えませんので、短期前払費用の適⽤を受けることはできないということになります。