個人が受け取る和解金等の課税関係

 交通事故の被害者と加害者との間、あるいは従業員とその勤務先である会社との間などで紛争が生じた場合、裁判上又は裁判外の和解により、和解金、解決金、示談金、損害賠償金、慰謝料等(以下「和解金等」といいます)が支払われることがあります。
 和解金等という言葉のイメージから、これらを受け取った個人には所得税が課されないものと考えがちですが、税務調査では実態に沿った課税がされます。
 個人が和解金等を受け取った場合は、まず非課税となるのか課税されるのかを判断し、次に、課税される場合は所得区分を判断することになります。

1.和解金等が非課税となる場合

 所得税法では、損害賠償金やこれに類するもので、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に起因して受け取るものその他政令で定めるものは非課税とされています。
 政令においては、次の(1)~(3)のうち、損害を受けた者の各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補填したものを除いた額は非課税とされています。

(1) 心身に加えられた損害につき支払いを受ける損害賠償金(その損害に起因する給与又は収益の補償を含む)
(2) 不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払いを受ける損害賠償金(事業所得の収入金額とされるものを除く)
(3) 心身又は資産に加えられた損害につき支払いを受ける相当の見舞金(事業所得その他役務の対価たる性質を有するものを除く)

 和解金等が非課税となるのか課税されるのかを判断するにあたっては、その和解契約書(和解調書)に記載されている文言にかかわらず、実体上の事実に基づいて判断しなければなりません。
 例えば、当事者間において和解契約上は損失を補填するための損害賠償金として金銭を支払うという契約がなされていたとしても、金銭の取得者に客観的な損害が生じていると認められない場合は、その金銭の取得は非課税となりません。損害賠償金が非課税とされるのは、損害賠償金が心身の癒し又は資産に受けた損害を補填するものであって、取得者に利益をもたらすものではないからです。
 したがって、和解の前提となる和解契約書だけではなく、客観的な事実やその支払いがなされるに至った経緯、客観的な損害等が生じているか否か等を総合的に勘案する必要があります。
 課税庁サイドにおいても、和解契約書だけではなく、その過程である訴状の内容、答弁書の内容、準備書面の内容などの裁判資料を基に、和解金等の発生源泉に沿った事実認定を行い、実態に沿った課税がなされます。

2.和解金等が課税される場合

 和解金等が課税される場合は、所得区分についても判断しなければなりません。
 例えば、労使間に不当解雇の問題で紛争があり、これを和解によって解決し和解金等を支払う場合は、その和解金等の算出根拠等が所得区分の判断の指針となります。和解金等の算出根拠が、未払い賃金や未払い残業代であれば給与所得になり、解雇予告手当であれば退職所得になります。また、セクハラ等による精神的苦痛に対する慰謝料であれば、非課税となります。
 しかし、実務上は和解金等の算定根拠が明確でなく、和解契約書の内容もあいまいな表現が使われているケースが多いといえます。
 そのため、和解金等が営利を目的とした継続行為から生じたものではなく、労務その他役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しない一種の紛争解決金であると考えれば一時所得となりますが、その和解金等について何らかの対価性があり、他の所得に分類できないと考えれば雑所得となります。
 参考までに、隣接地のマンション建設工事に伴い収受した補償料名義の金員は一時所得に当たるとした以下の裁決事例を挙げておきます(昭和58年4月22日裁決、裁決事例集 No.26 – 51頁)。

 請求人の所有に係る本件土地は、都市計画法の規定による近隣商業地域内にあり建築基準法等の規定による中高層建築物の高さについての制限も受けていないことから、本件建物の建築により具体的な土地の利用価値が低下したとする因果関係の存在は、明確でなく、仮に若干の土地の利用価値の低下があったとしても社会通念上、この程度のものは受忍すべき範囲内であると考えられ、また、建築業者と請求人との間に当該金員の授受の合意が行われるに際して日照阻害に基因する具体的な損害の予測やその額の見積りを行っていない事実から、隣接地のマンション建築工事に伴い授受した補償料の金員は本件建物の建設に反対を受けた建築業者が請求人の同意を受けるために支払った一種の紛争解決金とみるのが相当であり所得税法第34条に規定する一時所得に該当する。

損害賠償金に消費税が含まれる場合の仕入税額控除

 損害賠償金は、原則として消費税の課税対象にはなりません。例えば、交通事故を起こして相手の自動車が破損した場合に、損害賠償金(示談金)として修理費相当額10万円を支払っても、消費税の計算上は仕入税額控除の対象になりません。
 では、相手から交付された損害賠償金の請求書に、消費税10%を含む11万円が記載されていた場合は仕入税額控除の対象となるのでしょうか?
 今回は、このようなケースについて確認します。

1.損害賠償金と消費税の基本的関係

 消費税は、国内において事業者が行った資産の譲渡等を課税対象としています。資産の譲渡等とは、事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供をいうことから、次の4要件を満たすものが国内取引の課税の対象となります(消費税法第4条1項)。

(1) 国内取引であること
(2) 事業者が事業として行うものであること
(3) 対価を得て行われるものであること
(4) 資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供であること

 そして、心身又は資産につき加えられた損害の発生に伴って受ける損害賠償金は、資産の譲渡等の対価に該当しないものとして、原則として不課税とされています。ただし、次のような、その実質が資産の譲渡等の対価に該当すると認められるものは、その名目にかかわらず消費税の課税対象となります(消費税法基本通達5-2-5)。

(イ) 損害を受けた資産等が加害者等に引き渡される場合の損害賠償金で、そのまま又は軽微な修理を加えることにより使用できる場合
(ロ) 特許権や商標権などの無体財産権の侵害につき加害者から収受する損害賠償金
(ハ) 不動産等の明渡し遅滞により加害者から収受する損害賠償金

 今回採り上げるケースは、上記(イ)~(ハ)のいずれにも該当しません。

2.損害賠償金に消費税を含めることの可否

 では、今回の本題に入ります。今回採り上げるのは、次のようなケースです。

 交通事故の損害賠償金として、被害者から自動車の修理代として請求された金額に消費税が含まれていた。修理代は被害者が修理業者に直接支払っており、修理業者の請求書の宛先も被害者となっている。この場合、加害者側でその損害賠償金を仕入税額控除の対象としていいのかどうか?

 ここで疑問が生じるのは、損害賠償金に消費税を含めていいのかどうか、ということです。
 この点については、当事者である被害者と加害者の合意内容によるべきものと考えます。例えば、被害者が課税事業者であり、仕入税額控除ができることをもって消費税抜きの金額にすることも、当事者間の合意があれば可能です。損害額の計算は、当事者間において損害額の算定をどうするかという合意内容によります。
 したがって、損害賠償金に消費税を含めて加害者に請求することについては、合意があれば特に問題はないといえます

3.仕入税額控除できるか?

 損害賠償金を支払った加害者側で仕入税額控除ができるかどうかを考えるにあたって、損害賠償金に消費税が含まれているか否かということは関係ありません。
 今回のケースでは、修理代を被害者が修理業者に直接支払っており、修理業者の請求書の宛先も被害者となっています。この場合、加害者が被害者に支払う損害賠償金は、損害の発生を起因としてその損害額の補填をする性格のものですから、対価性が無いものとして不課税になります。したがって、損害賠償金に含まれる消費税についても、仕入税額控除の対象にはなりません

 もし、今回のケースで、修理代を加害者が修理業者に直接支払っていて、修理業者の請求書の宛先も加害者となっている場合は、損害賠償金に含まれる消費税を加害者側で仕入税額控除ができます。修理業者に対価の支払いをし、自動車の修理という役務の提供を受けているからです(上記1の冒頭で述べた課税対象となる4要件を満たすからです)。